ボクが「リベラル」に違和感を持ったのは、チェチェンのことがきっかけだったと思う。
「日本にもチェチェンを支援するサイトは幾つかあって、僕は良く行っていたけれど、ある時、彼らは日本国内のある法案に関して反対するキャンペーンを張った。チェチェンとは直接的には関係のない法案だったのだけれど、彼らにとってはチェチェン問題と通じるものだったのだろう。それでも、僕には物凄く違和感があった。国内の政治的立場を超えて、チェチェンを支援しようという気持ちは有り得ないのだろうか」『保守派宣言』1
彼らは「こうあらねばならぬ」というところ(理想の未来)から逆算して現在を考える。だから、「いつもみんなが同じように考えねばならぬ」と言っているようにボクには見えた。ボクはもっと現実に寄り添って歩いて行きたい(「理想の未来」なるものは存在しない。ただ「より良い未来」だけが存在する)。それがボクが「保守派」になったひとつの転機だった。
ボクが「保守」に違和感を持ったのは、シアター・テレビジョンが乗っ取られたことがきっかけだったと思う。
「放送開始当初は、オペラ、ダンス、演劇、ミュージカル、お笑いなど舞台の中継を中心に扱ってきたが、2009年、「シアター・テレビジョンはウイングを広げます」とのキャッチコピーのもと、編成を大幅に変え、保守派論客による時事番組やインタビュー番組、映画なども放送するようになった。その一方、国内の舞台や関連番組の放映を中止。舞台関係者や視聴者から反発の声が挙がった。」(wikipedia)
この前の都知事選、さる保守系の候補者は、NEWSでの「本田の取り上げ方が長い」って批判してサッカーファンからヒンシュクを買った。以前、彼は野球のことを持ち上げていたからなおさらだった。
さらに、ある彼の支持者は、ジャニーズを持ち上げてAKB48を貶めるブログを書いていた。かたや「ARTWORK(芸術作品)」と持ち上げ、かたや「ARTIFICIAL(人工的)」と断罪するその文章は、読んでしまったこちらが恥ずかしくなるような代物だった(まあ、とどのつまり、気に入らない人を平手打ちするような人だったわけだけれど)。
また、ある保守系の議員は、先日の国会審議でNHKの番組に注文をつけていた。なんでも、『ケータイ大喜利』みたいなバラエティ番組は「低俗」なんだってさ。
自分が理解できないもの、好きになれないものは「文化」とすら認めない。その不寛容さはいったい何なのだろう…。少なくともボクは、好きなものだからこそ批判もする。好きになれないものなら放って置けば良い。別にそれで構わないじゃないか。なぜわざわざ排除しようとするのか。
彼らの発想は焚書そのもののようにボクには見えるし、「退廃芸術」という忌まわしい芸術観を連想させる。そんなのが「保守」ならば、ボクはボク自身を保守と認めない。ボクの考える保守とは、もっと現実に寄り添い、現実を慈しみ、現実を悲しむもの。決して、それを憎むことではなかった。
いまは再び「不寛容」な時代になりつつあると思う。ボクはボク自身と戦わねばならない。戦い続けなければならない。憎んでしまうことと、不寛容であることと(そして、不寛容であることを憎んでしまうことと)。
大学院の同級生に中国人留学生が居た。ボクは美学で彼は東洋美術史だから、ほとんど(というかまったく)接点がなかった。卒業式のあとで、たまたま隣の席だったから話しかけてみた。ボクが中国に行ったことがあって、一年の時に中国語を習っていたと言うと、とても喜んでくれた。
修了後は中国に帰るという彼は、別れ際、「ガンバッテ」とボクの手をギュッと握った。そっちもね…。
范瑋琪-那些花兒