「リネカーから学んだこと」
ピクシーとベンゲルの話から始めようと思ったのですが…色々と思うことがありまして、やっぱりここはリネカー(Gary Lineker, 1960~)から語り始めるのが良いなと思い直しました。
グランパスを語るならば、リネカーについても語らなければならないでしょう。イングランド代表として、86年W杯の得点王に輝いたリネカーは、93年のJリーグ開幕時の大きな呼び物のひとつであり、その前年から大きな話題を呼んでいたのです。
当時すでに名古屋サポだったボクは、Jリーグ開幕前年に行われたナビスコカップの際に、サッカー部の先輩や仲間から「リネカーまだ来ないの?」とか聞かれたことを覚えています。ネットやCSが発達した現在と違って、海外サッカーの情報というのは、非常に限られていた時代でした。
そのように大きな期待を寄せられていたリネカーですが、Jリーグでは思うような結果を残せませんでした。すでにピークは過ぎていましたし、怪我もありました。点で合わせるタイプ(え~と、どう説明すれば良いんだ…要は自分ではあまりボールを持たず、味方にチャンスを作ってもらって、ゴール前で瞬間的にボールに触ってゴールを奪うタイプの選手↓動画参照)だったことも災いしました。
当時の弱小グランパスでは、あまり良いパスが回ってこず、活躍出来なかったのです。その辺り、ジーコ(足下の技術だけなら、80年代にはおそらく世界で一番うまかった人)やリトバルスキー(90年W杯を制した旧西ドイツ屈指のドリブラー)など、個人の力でどうにか出来てしまう人とは違っていました。
しかしそれでも、Jリーグ開幕をリネカーと共に迎えたというのは、グランパスにとって何か意味がある…と言うか、とてもグランパスらしかったと思うのです。近年でこそ、解説者としてひょうきんな一面も見せるリネカーですが、ピッチ上での振る舞いは紳士そのものでした。常に相手選手と審判に対する敬意を忘れず、生涯で一度もイエローカードをもらったことのない選手だったのです。FWとは言え、このフェアプレー精神は特筆すべきものです。
グランパスにもそういうところがあります。
親会社がトヨタで(他チームに比べれば)資金力が豊かなグランパス。これまでも、他チームが羨むような補強を行って来ました(近年は縮小傾向かな?)。代表選手が所属しているクラブがJ2降格の憂き目にあった場合、その代表選手の移籍候補として、いちばんに名前が挙がることもよくあります。
その一方で、不思議なほど勝負にこだわらないところがあった。Jリーグ開幕当初、グランパスがアントラーズに苦手意識を持っていたのは、(もちろん戦力的な面もありますが)アントラーズが得意とする「マリーシア」(正当なズルと言えば良いのかな? ある種のずる賢さです)というものを、ほとんど意識していなかったからです。ものすごく「ウブ」だった。
闘莉王が来て闘志を注入してくれましたが、いまでもその傾向は見え隠れします。それはきっとファンも同じなのです。以前のグランパスは、それこそ「金持ち喧嘩せず」を地で行くようなチームでした。でも、そういう鷹揚なところがグランパスサポの良いところだとボクは思っています。時には勝ち負けよりも大事なことがあるからです。なにかそれって、リネカーのイメージとダブるんですよね。
だから、チームの負けが込んだからといって、グランパスサポがチームバスを取り囲むような場面は、ちと想像しづらい筈だったのですが…。近年ではサポーターの質も変わってきたのか、勝つことに慣れてしまったのか、そうした愚かな行為も見られました(ボクはそういうヤツはもうその時点でサポじゃないと思うけれど)。
もちろん、世界的なストライカーであるリネカーは、ペナルティエリア内でのポジション取りなど、狡猾さを充分に備えていた選手でした。そういう部分での狡猾さはボクも必要だと思うのです。でも、イエローカードすら一枚も受けていないというリネカーの姿勢には、それ以上になにか学ぶべきものがあると思えます。
いま改めて、リネカーがボクらの原点にあったことを思い起こしても良いなと。