リーガルハイ2ndシーズン | 想像上のLand's berry

想像上のLand's berry

言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


 『リーガルハイ』2ndシーズンが終わりました。正直、イマイチだったな~って感想です。結局、(「テコ入れ」だかスケジュールの都合だか何だか良く分からないけれど)やっぱり生瀬さん降板で岡田くん起用ってのが失敗だった気がするんですよな。ボクは、あの(岡田くん演じる)羽生ってキャラは最後の最後まで掴めませんでした。一体、どういうヤツなんだと。脇に控えてた2人もまったく個性がなかった。

 本来、『リーガルハイ』のキャラクターはかなり記号化していて分かりやすいものでした。たとえば、古美門は権謀術数を弄する金の亡者で、黛は愚直な正義漢(女だけど)、服部さんは忠実な執事でスーパーマン…三木は古美門を敵視する小悪党。三木事務所は全体、ヤッターマンに出てくる3人組(ドロンボー一味)みたいで、ちょうど良い感じの小物ぶり、あのしょーもなさ加減が素晴らしかったです(沢地はドロンジョ様みたいだったし)。

 もちろん、その記号的な要素に納まりきらない部分はあって、それがこのドラマに彩りを与えていたわけですが、それはまず骨の部分に記号的な要素があるからこそ活きてくるものでした。

 羽生ってキャラは…その骨の部分を掴めない。ボクは2ndシーズンが始まった当初から、「こいつはいったいどういうヤツなんだ!」ってことを連発してました。良いヤツなんだか、悪いヤツ(陰のあるヤツ)なんだか分からない。口では理想主義者みたいな感じで言ってるんだけど、「え?なんか違くね?」みたいな。

 たとえば…最終回で羽生は「弁護士から検事に」あっさり復職したわけですが、「え…顧客ほっぽらかしか…」みたいな。「どこが理想主義者じゃい」と、「信頼関係どこいった」と。最終的にはドラマとしても「自己中」ってことで回収したわけですが、そんなの最終回まで引っ張るネタだったかな~と。結局、シリーズを通じてどっちつかずの違和感を抱えて走る羽目になってしまいました。

 ついでながら、なんかあの違和感、『みなみけ』のフユキを思い出しますな…↓

 「弁護士から検事に」あっさり復職したこと自体も、なんか納得できませんでしたね~…あんなこと有り得んだろうと。『リーガルハイ』は完全に実証的なドラマではもちろんありませんし、おかしなことは元から沢山あるんです。ただ、リアリティのレベルってのかな、それは一定に設定されていて、たとえばいきなり魔法が出てくるような世界ではないわけです。

 「弁護士から検事に」あっさり復職するってのは、その設定されていたリアリティのレベルを少し乗り越えちゃった気がするんですよね。「え?何でもありなのか…?」と、ボクはそう感じてしまったわけです。

 結局、それは「ドラマ」の問題なんですよね。羽生をライバル検事として設定してみたものの、『リーガルハイ』は民事裁判が多いので、ドラマに登場し続けるには弁護士に転職せざるを得ない。別にそこまでは良いのです(三木も同じく「ヤメ検」ですし)。

 だけど、その一方で、今シリーズはドラマ全体を貫く「大きな事件」として、安藤貴和の事件を設定していました。これは刑事裁判なので、(当然)相手は検事である必要があります。したがって、この事件がクライマックスを迎える段階で、ライバルの羽生を検事に戻す必要があったわけです。ここでは、ドラマの論理に設定が屈服してしまっている。これは「世界観」が壊れる典型的なパターンです。

 『リーガルハイ』2ndシーズンは、この2つの「テコ入れ」(1.ライバルとして羽生を登場させる。2.シリーズ全体を貫く「大きな事件」を作る)によって、ドラマ全体が壊れてしまったように思います。(欲ボケという)古美門の設定上、お金が問題になるから、『リーガルハイ』には民事裁判が多い。したがって、ライバルは弁護士である必要がある。一方、ドラマとして(たとえば「殺人」のような)インパクトの強い事件が冒頭とクライマックスに欲しい。だけど、その場合、ライバルは検事でなければならない…そうした種々の要求に対する妥協の結果として、ああいうことになった…

 羽生のキャラがブレブレになってしまっているのも、結局、ここに原因が潜んでいるわけです。(羽生という)キャラクターから導き出されたドラマではなく、キャラクターがドラマの要請に従っている。理想主義者という設定が「偽り」に感じられてしまうのは、ある意味では当然のことなのです。理想主義者のくせに端からドラマの要請に屈服してしまっているのですから。

 それならそれで、せめてツッコミを入れて欲しいんですよね。たしかに、ブレブレの羽生に対して「自己中」だとツッコミを入れて最終的には回収したわけですが、それは遅すぎたんですよね。もっと早い段階でツッコミを入れなかったことで、シリーズ全体が違和感を抱えたまま数か月も走ることになってしまった。それに、「自己中」ってツッコミは結局、羽生個人の性格に対するツッコミですよね。言いかえればドラマの内部で回収してしまっている。

 でも、ここに現れている問題は、もっと大きな問題、ドラマ構造全体を取り巻く問題ですから、そこにツッコミが入れられないと本当の意味で回収したことにはならないんですよ。古美門辺りが、羽生に対して「なんでそんな簡単に復職できるんだ!」と、「ここはお伽の国か!」とね。こういうツッコミが入るならば、それはドラマ構造全体に言及しているわけです。

 それがないまま普通に進行されても、こちらは違和感を抱えたまま見ざるを得なくなってしまう。『リーガルハイ』は、裁判の場で正論を大仰に言っておいて、ドラマの最後でそれをちょっとシニカルに引っくり返す、という面白さがあるわけですが、ドラマ論理に屈服してしまった設定に自虐的なツッコミを入れないというのは、ちょっと理解できませんでしたな。

 もともと、羽生の導入はおそらく、次のような目的があった筈です。ひとつには、岡田くんの起用によるF1層(20-34歳の女性)への訴求力。これはボクの想像ですが、1stシーズンのデータとして、OLの視聴率があまり良くなかったのかも知れません。
(イケメンって意味では蘭丸の田口くんが居るので必要なさそうですが、彼はジャニーズなので、むしろT層=10代とF1層の中でも20代前半に訴求力がありそうですからね)

 そして、それに伴ってロマンスの要素を付け足すと。まあ、『リーガルハイ』1stシーズンの視聴者ならば、あれは最後に何らかの形で「オトす」というのは分かっていた筈ですが、とにもかくにも羽生の導入によってロマンスの要素を漂わせることが出来ていました。

 他局で、堺さん主演の『半沢直樹』の大ヒットがありましたし、なんか2ndシーズン開始にあたって、上の方から横ヤリ(?)が入ったんじゃないかなと思うんですよね。1stシーズンとプロデューサーも脚本も同じで、むしろプロデューサーなんて2人体制だったのが1人体制になっているのに、明らかに「テコ入れ」が入っているってのは、上の方からなんらかの指示があったと考えるのが妥当でしょう。

 そして、こういう場合の常のごとく、この「テコ入れ」は、コンテンツの質をぶっ壊してしまったわけです。こういう付け足し/テコ入れによって、リーガルハイが本来持っていた魅力が陰ってしまった。ムリな導入によって、脚本におかしなところが生じてしまった。それでも取り敢えず目先の数字を取れれば成功だと言って喜ぶ。コンテンツの寿命を縮めてしまっただけだということにも気付かずにね。