『偶像のかなた27』
北川綾巴
(SKE48/研究生/総選挙-)
「absolute」
あの夏。いまだ6期生の評判がサイアクだったころ、ボクはあえて「研究生ノススメ」というシリーズを書いていた。予定では、オオトリとなる第7回にりょうはの記事を書く予定だった。もっとさかのぼれば、りょうはの「ゴリ推し」が始まり、コメダでの態度の評判がイマイチだった上に、あの初めてのSアンダー出演で、各所で叩かれまくっていた頃、りょうは擁護の記事を書くつもりだった。でも書かなかった。それはなぜか。
振り返れば、ボクは、6期生お披露目の時(2月)、「パッと見た感じ、北川綾巴さん、竹内彩姫さん…それから、東李苑さん辺りにも光を感じた」*と書いている(慧眼でしょ?)。その後も「一気に突き抜けるかも知れません」*(5月)とか、「あの子は女神です」*「明らかにモノが違う」*(7月)とか言って、相当入れ込んでいた。でも、あの夏以降のボクは、6期ではくまちゃんくまちゃん(熊崎晴香)騒いでたりする。この「偶像のかなた」シリーズでも、登場はくまちゃんの方が先だった。それはなぜか。
それはボクがりょうはに冷めた…わけではなくて…あの頃の(まとめサイトなどの)言説を見ていて、むしろ、りょうはは放っておいた方が良いって気がしたんだ。SKEヲタの閉鎖性も感じたし…あの頃、(ボクのブログの影響力なんてたかが知れているけれど)擁護記事を打っても火に油を注ぐだけでマイナスになる気がした。
りょうはの場合、放っておいても確実にブレイクする。それが「SKEとしてのもの」になるか、「元SKEとしてのもの」になるか、ただそれだけの違いなんだ。そう書くつもりだった。心が折れてしまわなければ勝手に抜け出してくる。それくらいモノが違う。MCが出来なかろうが何だろうが関係ない。現に、売れてる女優なんて変なヤツばっかりだ。りょうはならば、48グループで未だかつて誰も見れなかったものだって見れる。それくらいのポテンシャルがある。だから、むしろ騒がない方が良い、そんな気がした。
だけど、あの生誕祭を見ていて、「ああ…綾巴は大丈夫だな…」と思えた。誤解され易い子だけれど、あの子にはきちんとした芯がある。まだ目の前のことをこなすだけで精一杯で、色んなことを考えるような余裕はないだろうけれど、きっと、りょうはは大丈夫…。
公演キャプチャーをしていると、やっぱりどうしてもりょうはを切り取ってしまう。それでひとつ気付いたことがある。たとえば、コロコロ変わるくまちゃんの表情はとても魅力的だけど、それは静止画だと捉えづらい。常に動いているから、静止画だと移行途中の微妙な表情ばかりが撮れてしまう。公演でのくまちゃんの魅力を伝えるには、動画の方が遥かに効果的だ(自撮りは上手いけどね)。
りょうはは違う。あの子は、いわば「絶対零度の美」だ。まだ表情が硬いってのもあるんだけど、それ以上に、周りの空間をすべて凍りつかせて、それを永遠のものにしてしまうような、そんな美しさをもっている。あんなことは他の誰にも出来ない。ボクは(バロック的/ギリシャ的の記事でも書いたように)「美」というのは相対的なものだと思っているんだけど、りょうはを見ていると、なぜか「絶対」という言葉を使ってみたくなる。
研究生公演ノススメで書こうとしたのは、そんなりょうはが、時折ホワンと暖かい笑顔を見せることがあるってことだ。S公演のアンダーでは(最近は慣れてきたとは言え)先輩たちに囲まれているから、やっぱり緊張した表情が多いりょうは。「ホーム」の研究生公演では、ホワンとした柔らかい表情を見せる。パフォーマンス中の氷のような美と、MCなどでの暖かみのある笑顔…。
S公演での珠理奈アンダーという「人生最大のピンチ」を(なんとか)乗り切ったりょうは(「いまではこんな感じになりました」)。あと数時間後には、りょうは初選抜曲が披露されるだろう。27日には初ドラマ「女子高警察」も控えている。そして、あの子はまた一歩、歩みを進める。