乃木坂の行く末 | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


 乃木坂はどうしたいのか…最近、それが良く分からんのです。先日の「NOGIBINGO!」なんてサイテーでした。あまりにも下品すぎる。あれはスタッフの低俗さが良く表れていますよ。「AKBINGO!」の名前を使っていますが、冗談じゃない。「AKBINGO!」はあんな下品じゃありませんよ。イジリーさんを使っているからって、それは言い訳になりません。「週刊AKB」だってあんなに下品じゃありませんでした。

 (こういうことを書くと、乃木坂アンチみたいに思われるかも知れませんが、過去記事*を見て頂ければ決してそうではないということが分かると思います。それからHKTとの番組対決にはボクは大して興味ありません。あれはアイドルという文脈を理解してないヤツが勝手に勝敗を決めてるだけですし)

 ああいう下品さを喜ぶ人もいるかも知れませんが、アイドルとしては長持ちせんのですよ。チェキッ娘だってそうだったじゃない。あれが長持ちせんかったのは、ひとつにはマスメディア(フジテレビ)に負んぶに抱っこだったこと、またひとつはスタッフが下品だったからです(一般の人が付いてこんかった)。

 秋元さんにはそういう反省があるからこそ、テレビ局/マスメディアとは離れたところでAKBを作った筈なんです。たしかに、乃木坂は「コンセプトがないのがコンセプト」だってのは分かるんですが、結局、過去の失敗を繰り返しているだけじゃないかという疑問がここにきて生じてきています。

 たとえば、いまのボクは何よりもSKEヲタですが、関東ローカルの冠番組がなくても大してイタかありません(もちろんあった方が嬉しいのは当たり前ですが)。いまはDMMもあるし、ぐぐたすもあるし、Kzにラジオに、それなりに楽しめるわけです。つまり、かつてのアイドルほどテレビには依存していない。これは秋元さんを始めとしたアイドル業界の過去の失敗経験からこうなってると思っていいんです。

 一方、乃木坂の場合、ネット配信の「乃木ここ」もありますが、あれは今のところ完全無料配信ですし、不定期なので、どうやってコンテンツとして育てていくかという姿はまだ見えません。「NOGIBINGO」はそもそも期間限定ですし、(ボクにとっては)「乃木どこ?」が終わってしまったら致命的に近いと思うんです。もちろん、運営が資金を出している番組なので、チェキッ娘の「DAIBAッテキ!!」とは違う筈ですけどね。でも、テレビに依存していることには違いない。

 それはつまり、定期公演がないってことと結び付いているわけです。定期公演があれば、それを配信することが出来る。それをやっていれば、レギュラー番組がない間でもファンを繋ぎ留めて置くことができます。公演はアンダーの見せ場にもなるので、それはまたアンダーの救済策にもなるわけです。
 
 たしかに、握手会をやっていれば稼げます。でも、握手ってのはコピーできないものですから、たとえ(テレビ番組に引っ張りだこの)超人気の子がいたとしても、その子が一日で十万人と握手するわけにはいかんのです。それよりも、そこそこ人気がある子を百人集めて握手会をした方が遥かに効率が良い。それこそがまさに48グループの要です。

 だからこそ、(握手会に依存する)乃木坂においても、アンダーをいかにして取り上げていくかってのが重要なわけですが、今の乃木坂には、システムとしてどうやってアンダーを取り上げていくかというのが見えません。「乃木どこ」にもアンダーを取り上げる回ってのはありますが、テレビは基本的に制作側が映したいものを映すだけですから、ファンが自分の好きなものを選択して取りにいくことはできんのです。

 逆に、48グループのDMM配信で定点カメラが人気なのは、(全体の動きやダンスが分かるってのもありますが)好きな子をずっと追いかけていられるからですよ。そうやって、普段スポットライトの当たらない子でも、ファンが追いかけていられるような素地を作ってやらないと、超選抜とアンダーの差は開いていく一方ですし、アンダーのモチベーションも保てないでしょう。

 もちろん、乃木坂はAKBになる必要は無いというのは分かっている積もりです。でも、AKBと同じ道でなくても、なにか別の道を探さないと持たんでしょう。このままで良いってことはないと思いますよ。公演はない、DMMもない、ぐぐたすもない。じゃあ、どうやってアンダーに見せ場を作るんだ、という方策が見えない。乃木坂の場合は、ただでさえアンダーの出番がないのに、さらに二期生まで入ってきます。じゃあ、どうやってアンダーに見せ場を与えるんだろうか。今の状況だと、それがちょっと見えないんです。

 秋元さんの反省が活きていないと思うのは、もうひとつブランド戦略の問題です。乃木坂は公演が無いですし、ちゃんと訓練されてないためか、テレビで見せるパフォーマンスもぐだぐだです(ボクはホントにこれはダメだと思うんだけど)。その上、下品な番組までやらされたら、どうやって「乃木坂」というブランドを守っていけるんですか。

 AKBは良くも悪くも雑草です。叩かれて叩かれて、踏まれて踏まれて強くなった。だけど、少なくとも下品じゃなかった。もちろん、それに対して「AKBだって下品だ」という反論があるかも知れんけど、(仮にそれを認めるとしても)「AKBが下品だ」って言う時の言葉の質と、今回の「NOGIBINGOが下品だ」って言う時の言葉の質は違うんですよ。

 たとえば、『制服が邪魔をする』におけるAKBの「下品さ」ってのは、「上品ぶった大人なんて知ったことか」という下品さなんです。要はそれは社会に対する反骨精神とでも言うべきものだった。ワイドショーのコメンテーターに現れているような、上っ面な社会/マスメディアの道徳心とか、両面性とか、そういうものに対する挑発なんですよ、あれは。だから、保守的な主婦層は眉をひそめたかも知らんが、ボクらは喝采を送ったんです。

 本来、アイドルってのは聖俗の別によって力を得るものです。俗っぽさが抜けたところにこそアイドルが生まれる。そういう意味では、AKBの下品さは「聖」なるものに属すんですよ。

 でも、今回の「NOGIBINGO!」の下品さ(あるいはチェキッ娘が出ていた「DAIBAッテキ!!」の下品さ*)ってのは、それとは真逆です。あれは低俗な番組スタッフによって、(報道とバラエティという)両義的なマスメディアの原理に呑み込まれてしまった下品さ。社会の低俗さそのもの、低俗な社会(の側面)に屈服してしまった下品さなんですよ。その違い分かりますか? 俗社会の垢にまみれたアイドルなど、誰が憧れますか。
*(後期「週刊AKB」も時にそれに近いものがあって、だからあれもファンに見離されて終わったでしょう?)

 乃木坂はそうじゃないでしょう。いや、少なくともそうじゃなかった筈です。もはやAKBは時代を制してしまった。反骨精神の塊だった筈のAKBが時代を制してしまった。乃木坂は本来、それに対するアンチテーゼとして存在していた筈なんです。AKBがプロレタリア芸術(アヴァンギャルド)だとしたら、乃木坂はブルジョワ芸術だった。時代を制してしまったアヴァンギャルドに対する反革命だったんですよ、乃木坂は。

 そういう意味において、上品さ(それは階級を特徴づけるものです)こそが乃木坂の最大の武器だった筈なんです*。美人が多くて、より洗練されたイメージがあった。ファンが選抜を選べない。デザイナーであるプロデューサーがすべてを決める。乃木坂は顧客に媚びない。ブランドだったんですよ、乃木坂は。AKBがカローラだとしたら、乃木坂はロータス・エリーゼくらいの感覚がボクにはあった。それは、上品さという武器に裏打ちされたブランドでした。
*(だからこそ『おいシャン』の振り付けが批判されたんでしょう? あれは道徳的にどうこうじゃなく戦略的に間違っとるんです)

 ところが、ここにきて乃木坂というブランドは墜ちていっています。エリーゼどころか、そこらの街で良く見かけるスクーターみたいになってきた。もちろん、スクーターだってピンキリあります。でも、エリーゼに思い入れがある人は、ロータスがそのブランド・イメージを守ってくれるからこそ乗るんです。エリーゼが安物になったらそっぽを向くのは当たり前じゃないですか。

 乃木坂はオーティションの段階でかなりの逸材を取っている筈なんです(2期の堀ちゃんなんか素晴らしい)。だから、ちゃんと訓練して、ちゃんとしたパフォーマンスを見せれば、それなりにやっていける筈なんです。そのシステムをまず作りましょう。そして、しっかりブランド・イメージを守ってください。このままじゃ、ひとりひとりはタレントしてやっていけたとしても、グループとしてもちませんよ。



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