「社会の消失4」
「大きな物語」の共有は、20世紀の日本を縛ってきたものです。たとえば、バブルがはじけるまでは、「経済成長」がそれだったでしょう。自分の中にも、それが無意識に根付いていたということに、今回、気が付きました。
ボクが住んでいる茅ヶ崎という土地は、東京のベッドタウンとして発展してきた街です。そしてまた、未だに発展を続けている街でもあります。住み始めた頃は、百貨店などの大規模商業施設が1~2店舗しかなかったのですが、今では5店舗あります。駅前にはペデストリアンデッキが、国道や線路には地下道や跨線橋も作られ、かつて工場だった場所にはシネコンも出来ました。
古くからの別荘地である南口には、昔ながらの商店街もありますが、北口と南口という新旧の対比は、しかし、住民の足を南へと導く海の存在によって緩和されています。そのような土地に住むボクは、知らず知らずのうちに、街というものは発展していくものだと思い込んでいたのです。

しかし、今回、ボクが旅先で見た光景は、それとは全く異質のものでした。よく討論番組などで、「地方は疲弊している」という言葉を聞くのですが、まさにそれを実感するものだったのです。とにかく、商店がことごとく閉鎖している。ほとんど人通りの無い大通り。テナントが軒並み撤退した、廃屋のような商業施設。「この街は死にゆく街だ」。それが、偽らざるボクの実感でした。
近所に高校があるので、ボクが過ごした図書館には割りと高校生が多かったですし、「若い人が居ない」という感じはありません。それでも、ファーストフード店を探しに入った百貨店で見た光景には、なんとも云いがたい感覚を覚えました。そこでボクが見たのは、八割方のテナントが引き払い、薄暗くなった照明のビル内を、ただ通学路をショートカットするためだけに通過していく高校生たちの姿でした。
かつて(今もかな)、人文主義者たちは「失われつつある価値観」を謳いあげるために、数多くの「物語」を紡ぎました。たとえば、ある種の典型的な例として、親や故郷を軽蔑していた子が、紆余曲折を経て、最終的にそれらの価値を見出すという物語があるでしょう。
別にボクはそれを否定する積もりはありません。「大きな物語」の終焉後、彼らの戦術は、それはそれで、それなりに価値があると思いますし、ボク自身にしても、人混みの多い都会よりは、自分の故郷(富士宮)のような環境の方が落ち着きます。でも、廃墟のようなビルを歩いて行く高校生たちを眺めていて、「都会に出たいって気持ちも理解できるな…」という感覚を、ボクは生まれて初めて覚えたのです。
電車で約一時間ほどの距離にあり、JRの起点になっている高崎駅周辺は、相当程度に発展している印象がありました。しかし、ボクにはそれが、周辺部からエネルギーを吸い取った上で発展しているように見えたのです。そこからさらに東京へ。エネルギーがそういう風に流れていくなかで、子ども達が「東京」を目指すのは、むしろ自然なことのように思えます。問題は、そういう状況を認めた上でどうすべきか。

「景気が良くなったと言っても、地方にはその実感がない」。よく云われる言葉です。こうした光景を見ていれば、それは当然のことだと思えます。地方経済というのは、じつは「景気」の良し悪しとは(ほとんど)関係ない。それよりもむしろ、国家の成熟による構造的な疲弊が、支配的に効いているように見えます。
経済学者が述べる「日本経済」という言葉の、その外側にあるかのような街の姿は、もはや生半可な経済政策や公共事業などでは太刀打ちできないでしょう。でも、(老朽化していくインフラ補修への必要性とは別に)「なにか事業を引っ張ってこないと」という焦燥もまた、それはそれで理解できます。
ネット時代になり、地方でも、家に居ながらにして、あらゆる物が手に入ります。また、ある種の仕事は、家に居ながら出来るようになりました。地方に住むデメリットは減りつつありますし、地方分権は多くの政党が掲げていることでもあります。
でも、やはりそう簡単には行かないこともあります*1。いまは、むしろ変化を恐れてはいけない時代だとボクには思えます。おそらく、商店街をそのまま復興するのは無理でしょう。中間項たる社会(=コミュニティ)が消失したセカイ系想像力の台頭は、人びとが無意識に感じているものについて、ひとつの示唆を与えます。
*1.ネット時代においても、地方と都市部の「フラット化」が上手くいかないということ。それはまた、現代が情報の時代だということにも拠っています。情報は複製可能なものですから、情報化社会では、むしろ地方に居るデメリットが減るように見えるかも知れません。しかし、情報は物体/身体にアウラを与えるものでもあるのです。たとえば、ある一枚の絵が、情報によって≪モナリザ≫になるということです。もし、誰かが街中で≪モナリザ≫そっくりの絵を見たとして、「モナリザがその街に来た」という「情報」を知らなければ、それは≪モナリザ≫足り得ないでしょう。ただ、「モナリザっぽい絵だな…」と思うだけです。でも、その人が、「モナリザが来た」という情報を知っていれば、その絵は、≪モナリザ≫という「アウラ」を、その身体に帯びることになるのです。情報化社会では、複製可能な物の価値が下がる一方で、「アウラ」を帯びた身体/物体の価値が高まります。たとえば、開封もしないCDを、アイドルと握手するために買うような例がそれに当たります。この例では、複製可能な物がCD、「アウラ」を帯びた身体が(当然)アイドルになります。そして、何より重要なことに、「アウラ」を帯びた身体/物体は、同時に複数の場所に現れることが出来ません。それこそが、「アウラ」の「アウラ」たる所以なのですから、それは当然のことです。したがって、中央と地方の境界を融かし、すべてをフラット化していく試みに対する最後の障壁は、この「アウラ」になるでしょう。「アウラ」の吸引力は、いまだ都会(アクセシブルな土地)に人を集めるのです。その一方、「街おこし」は、その土地でのみ消費できるものを作ることで為されます。たとえば、名産品を作ったり、ドラマやアニメのロケ地になって聖地化するのがその典型ですが、それはまさに、その土地に「アウラ」を帯びたものを作り、またその土地そのものに「アウラ」を帯びさせる試みであると言えるでしょう。

いまは、古き良き田舎の街並みを懐かしむよりは、むしろ、どういう姿に変わるべきかを考えた方が良い。極端な話、移民を呼んでも良いとさえ思うのです*2。こんなことを言うのは「保守」としてはどうかと思いますが、地方があまりに疲弊しきって革命が起きてしまうよりは、余程マシです。
*2.それもまた、失われつつあるコミュニティを違う形で復活させるという意図を持っている点で、すでに古い言説なのかも知れませんが。むしろ、コミュニティを失った社会をどうするかという観点の方が重要なのかも知れません。
商店街が死に絶えつつある街の、人の居ないスクランブル交差点で、「憲法9条を守ろう」という看板を掲げた初老の男が立っていたこと、彼の話を熱心に聞いていた女子高生の姿が印象的でした。
いまはむしろ、東アジアに勃興する排他的ナショナリズムの方に危険を感じますけどね。排他的ナショナリズムと革命志向は、一見、相反するもののように思えますが、それは共に、貧しい農村地帯や都市部のブルーカラーの間に根強く宿ってきたものです。
「2.26」を主導した青年将校たちが信奉していた北一輝が、国粋主義者でありながら革命志向を持っていたことなどはその典型です。「ナショナリズム=右」、「革命志向=左」という枠組みに収まらない構図が、ここには見て取れます。
中国の反日デモに参加した人の多くが、反体制的な学生と、地方の農民だったことは記憶に新しいでしょう。そして、歴史を見ても、物事を動かす力があるのは、非力なインテリ学生などではなく、圧倒的多数を占める農民や労働者だったのです。

「大きな物語」の時代は終焉を迎えました。それは、「社会の消失」を唱えるボクの言説もまた、局所的な議論に留まるべきであるということを示唆しています。しかし、「経済成長」という「大きな物語」を失った日本は、いま、「ナショナリズム」という「大きな物語」を再び生きているように見えます。そのことをどう考えるべきなのか。それへのカウンターとして「社会の消失」という「大きな物語」を語って見せること。それに何か意味があるのか。ボクにはまだ分かりません。