写真徒然14
「The Emperor’s New Clothes:はだかの王さま、あるいは水戸黄門」
むかしむかし、あるところに「写真」という名の王さまがいました。玉座に座り、王冠をかぶり、王さまの衣装を着ている限り、だれもがみな、王さまを一目で見分けることができました。
しかし、あるとき、デジタル化という波が押し寄せ、王さまは玉座を離れなければならなくなりました。「写真」は「物質」という玉座から切り離されたのです。
王さまは、玉座を離れたことによって、新しい衣装を手に入れることができました。それは、とても軽い生地で作られていましたし、そのうえ、見た目は以前の服とほとんど変わらないものだったのです。
しかし、その衣装は、CGという名の職人が真似して作れるものでした。王さまが着ている服と、他の人が着ている服の区別がつかなくなってしまったのです。こうして、玉座を離れた王さまを見分けることは、もはや誰にも出来なくなってしまったように思われました。
しかし、王さまにはお供の者たちがいました。お供たちは、もちろん、王さまが王さまであること、その出自を知っていました。すなわち、王さまだけが、現実を直接に指示することのできる「インデックス」であるということを。
そして、お供の者たちが、「かの人は王さまである」と言うことによって、王さまは王さまであると認められるようになりました。「写真」には、それが「写真」であると示す外部の力が求められるようになったのです。
それは、あたかも、印籠を取り出すことによってのみ、人びとに「天下の副将軍」と認められた翁のようでした。