「言い訳Maybe:あるいは、目鼻の弁護」
(あるいは、くだらない話)
ボクは、アイドル(というか、もっと広くタレントと言うべきかな)を見抜く目には、絶対的な自信を持っています。それは、ボクが自身の能力として認めている「洞察力」(本質を見抜く力)の一部と言えるからかも知れません。(逆に、記憶力/回転の早さはダメ)
ボクの「眼力」を示すエピソードは枚挙に暇がないけれど、ここでそんなこと言っても仕方ないし、第一、信憑性がありません。でも、実際には、このブログ自体で、ある程度は証明できてしまっているんじゃないかと、ボク自身は思っています。
それは、次の2つ。
かつて、哲学の記事で、なぜかいきなりアイドルに触れた時があって、それが、まさしく、<さっしー>(指原莉乃)→http://blogs.yahoo.co.jp/flowinvain/24785452.html。記事を読むと、ちょうど「へたれ」キャラがつき始めた頃かな。
この後の勢い(2010年19位、2011年9位、2012年4位)を考えると、この時期(2010年3月)に<さっしー>に注目していることは、それなりに特筆すべきことじゃないかと思います。まあ、この記事の時点で、すでに総選挙27位だったし、選抜メンバーの常連だったから、そんなものは大して証拠にはならんと思えるかも知れません。
でも、実のところは、次の記事が全てを物語ってくれます。2010年10月の記事「SKE48に関するetc.」(http://blogs.yahoo.co.jp/flowinvain/27638468.html)。ここで「新しいメンバー」として、<しゃわこ>(秦佐和子)に触れています。
この時、<しゃわこ>は、まだSKEの研究生で、正規メンバーですらありませんでした。この年の12月にKⅡ正規メンバーに昇格、翌年の週間AKBで注目を集めます。そして総選挙で33位(2012年は25位)に入り、SKE選抜メンバーの常連にもなりました。
あの記事を書いた時点で、「秦さん、何か持ってますね」と言っていたのは、我ながら慧眼だったと思います(* ̄艸 ̄)
だから、今回の一件(というのは何を指すかは察して頂いて)は、自身の能力に対する信頼に対して、それなりに危機だったのです。
でも、よく考えたら、<さっしー>の例でも明らかなように、いくらタレントとして光るものがあっても、スキャンダルは、それとは無関係に生じるもの。だから仕方がないかなと思うところもあります。後に述べるように、それはむしろ「目」ではなく、「鼻」の問題です。
それに加えて、ボクが騒ぐ時って、大体2種類あると思っていて、ひとつは「好きだ」って騒ぐ時、もうひとつは「凄い」って騒ぐ時。経験上、ブレイクする可能性が高いのは、圧倒的に後者。「好きだ」って言っている人は、ブレイクするとは限らない。(言い換えると、自分の感情で目が曇る)
たとえば、(今は懐かしの)「アイドル道」(2003年)で、いちばん好きだったのは「栗田梨子」さん。逆に、一番、評価していたのは「中川翔子」さんでした。
で、肝心の<みぃ>(峯岸みなみ)が(って本題に入るけど)、どっちだったかと言えば、今となってはよく分からないところもあるけれど、当然、「好き」に近かったんだと思います。ただ、はっきりしていることがあって、ぼくが、<みぃ>を「好き」って言うときは、「恋愛」的な意識というよりも、むしろ「仲間」に近い意識で「好き」だったと思うのです。
だから、今回の一件でも、ボクが彼女に対して、もっともハラが立ったのは、「これまでAKBを支えてきたお前が、自分でAKBを否定するようなことをしてどうする」ってことでした。
これは、今となっては言い訳みたいに聞こえるけれど(Maybe)…でも、→(http://blogs.yahoo.co.jp/flowinvain/29642335.html)の記事(2011年)を見ると、はっきりと、「いわゆる好みタイプっていうのと少し違う気が…」と書いてあります。
むしろ、自分と「通じるところがある」、という感じだったんですな。これは、何度となく書いていて、つい先日(1/16)の記事でも、「類は友を呼ぶというか何というか…何となく通じるものを感じるんですな」と、<さっしー>と<みぃ>のことを書いています。
でも、よく考えるとこの2人って…(;一_一)
…そうか、よく考えると、たしかにボクも「恋愛体質」だわな~(^_^;)>
ちゃんちゃん。
…って、終わらん終わらん(笑)
そんなんで、一応、目の弁護は出来たこととして、でもやっぱり、スキャンダルがあれば、タレントもファンも傷つくわけですし、特にアイドルの場合は、下手したらスキャンダルが命取りになって、芸能界を去ってしまう危険性もあるわけです。
ですから、アイドル・ファンにとっては、そうした危険性を察知するための「鼻(嗅覚)」ってのも大事になってきます。これは、(自分が傷つかないための)ある種の防衛本能のようなもので、アイドル・ファンを長く続けていると自然と身に着いてくるものでもあります。
(最近、ジレンマだと思うのは、ひとりの人だけ好きだと、居なくなった時のダメージが大きいけど、分散させて、誰でも大好き状態になると、一回一回のダメージは少ない代わりに、居なくなる可能性が増大する。だから常に心の何処かが痛いような状態になる…って言ってたら萌乃が卒業発表した(;一_一)…やっぱり、何でも良いからグループに残って欲しいという気持ちが心の何処かにある。もちろん、萌乃は自分の意志で決めたみたいだけどね。閑話休題)
では、今回はボクの嗅覚が利かなかったのかと言うと、実は、利いていたんじゃないかという「フシ」があります。まあ、ちとオカルトちっくな話になるわけですが(* ̄艸 ̄)
まず、11月の<みぃ>の生誕祭に関する話があります。生誕祭は公演の中で行なわれるのですが、公演はDMMのオンデマンドで配信されているので、当然、ボクは(配信が始まって以来)毎年、見てきました。でも、なぜか2012年の「峯岸みなみ生誕祭」公演は見ていないのです。たしかに、ダウンロードはしました。しかし、なぜか見る気になれず、そのままになってしまったのです。
もちろん、これは、ボクが口で言っているだけなので、何の証拠にもならないでしょう。しかし、それと時を同じくするように、去年後半から、このブログでのアイドル関連の記事が一気に増えています。(まあ、ここ2週間ばかり、毎日のように書いているのは、ボクが「カチン」ときてしまったからですが(* ̄艸 ̄))
そして、例のスキャンダルが明らかになる1/30の直前(1/25)からは、「偶像のかなた」という、各メンバーについて思いのままに書いていく企画を始めています。これは、ある種のDD(誰でも大好き)宣言みたいなもので、つまり、ボクの中での「峯岸離れ」が進んでいたのです。彼女も芸能界で長くやってきて、地歩もそれなりに固めてきて、やっぱり、何処か油断していたのかなあ…と、そして、ボクはそれを敏感に嗅ぎ取っていたのかも知れません。
さらに、決定的だなと思うのは、今年正月の記事「年々歳々」。ここでボクは
「峯岸さんは比較的に映っていたのですが、(NMBのボク推し)山田菜々さんは見つけられんかった」
と書いています。この文は、明らかに両者を「並列」で扱っています。ボクは割りと「忠誠心」高いですから、そんな簡単には「推し変」しませんし、この時も、名目上は<みぃ>推しだったと考えても良いでしょう。でも、実際には、すでにボクの中で、山田さんの存在が大きくなっていたわけです。 (大体、「年々歳々」の詩を引用しているところも、今となっては余りに意味深長ですな…)
こうして見ていくと、ボクが1/30に、直ちに「推し変」宣言したことの背景が見えてくるなと…何でこんな下らないことを長々と書いているかと言えば、それは次に書く予定の山田菜々ちゃんの記事に関係しているわけですが(* ̄艸 ̄)
…しかし、それにしても…う~む、ホントに下らんな、この記事。こんな記事を書く時点で、もう能力がどうとか、アイドルがどうとか、美がどうとか、ボクが言っていることすべてが無意味になってしまうような気がする。そして…心の何処かでそれを望んでる。
正直、「アイドルとはこうあるべき」だという考えは強くあるけれど、でも、その一方で、やっぱりその人自身に寄り添っていたいという気持ちも強い。だって、(傷つけられても)やっぱり嫌いにはなれないんだし、(たとえ自分の意志で辞めるにせよ)萌乃や小木ちゃんやくーみんやしーたんが辞めてしまったら、それはやっぱり悲しいんだ。
でもね…なんか、この前の研究生公演を見たら、<みぃ>の目は、あの真っ直ぐな、ボクが好きだった<みぃ>の目に戻っていたよ。ボクはもう「推す」ことは出来ないけれど、でも、ガンバレ、<みぃ>…。