偶像のかなた 6. 片山陽加 | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


『偶像のかなた 6』

片山陽加
(AKB48/チームB/総選挙48位)


「gray」




「蹴られて顔にアザ、過呼吸、ドクターストップ…AKB押し相撲大会であわや事故の大混乱」(J-CASTニュース)→http://goo.gl/eEhQl



 ↑の見出しにあるように、埼玉スーパーアリーナで行なわれたAKBのイベントで問題が生じたようです。ボクは実際に見ていないので分かりませんが、こういうことはホントに止めて欲しいなと思います。

 アイドルも色々な仕事をこなさなければならんわけですが、企画をする人間が、どうしようもなくバカな時もあります。思い出すのは、数年前の日テレの新年AKB特番。制限時間内に、電話ボックスの中に何人を詰め込むことができるかという企画。あれは、どう考えても危険でしたし、ボクは番組スタッフのバカさ加減に呆れ果ててしまいました。

 こういうのはアイドルがどうとか言う以前に、というか、怪我をしてしまったら公演にも出られなくなりますし、むしろアイドルとしてもマイナスです。だから、メンバーとしても、文句を言うべきは言ったら良いし、<はーちゃん>(片山陽加)が

「色々あったけど、結果面白ければどーなったっていいんだよね。みなさんが面白かったって思っててくれたらそれで。そう思ってもらえてたら、あざだらけになったかいありました」

 と、かなり運営側を皮肉った調子で書いていることについても、ボクは、<はーちゃん>を100%支持します(いや、「面白ければどーなったっていい」ってことを支持するって意味じゃなくてね)。でも、それ以上に気になったのが、以下の発言。

「いいたい事くらい言ったっていいよね?だって人間だもん。それとも世の中の人は何にも言わないお人形さんを求めてるのかな?」

 ボクは、この発言が「お人形さんである<べき>か?」という問いであれば、「そうあるべき」とは答えられないでしょう。でも、これが「求めているか、求めていないか」という問いになると、その答えは非常に微妙なものになります。この問いは、結構、アイドルというものの本質を衝いている問いだと思うのです。

 そして、こういうことを言うべきかどうか、それは分かりませんが…<はーちゃん>がどれだけ頑張っても、どれだけ良い子でも、なぜアイドルとしては輝きが薄いのかってことが、この問いには現れているような気がします。

 あらかじめ断っておくと、ボクは<はーちゃん>大好きですし、むしろ、こういう「普通の子」が居るってことが、AKBの魅力だとも思っているので、これから書くことは、決して、<はーちゃん>を否定するものではありません。

 それでは、とりあえず最初の文から考えていくことにしましょうか。「いいたい事くらい言ったっていいよね?だって人間だもん」という発言。これは否定すべき要素は一切ありません。もちろん、人間としては(相手を傷つけない限りは)何を言っても良いのです。

 でも、ここに少し齟齬があるとすれば、それは、この発言は、「アイドルであるより前に人間であろうとする発言」であるということです。もちろん、アイドルってのも人間です。それは確かなのです。でも、以前から言っているように、それは真実の半分に過ぎません。「アイドル」というのは宗教の側面があるからです。

 したがって、「アイドル(偶像)である」ということと、「人間である」ということは、ある意味では矛盾することなのです。もちろん、それでアイドルの側に突き抜けてしまうアイドルも居ますし、「ある一定以上は無理」だというアイドルも居るでしょう。それは個々の自由です。

 それは、もちろん「善悪」の問題ではないのです。しかし、アイドルの側に突き抜けてしまうアイドルの方が、確かにアイドルとしては「強い」のです。極端な話、人間の側に突き抜けてしまったら、それはもうアイドルである必要はないわけですからね。

 たとえば、ボクがいくら可愛い子が好きでも、街で見かけた物凄く可愛い子を(それがどれだけ可愛かったとしても)勝手に「応援」してしまうわけにはいかんのです。アイドルというのは、「応援して下さい」「応援します」という契約のもとに成り立っている宗教です。

 そして、「ひとりの人」が「ひとりの人」を無償で(何も見返りを求めずに)応援するというのは、それはそれで中々に凄いことです。それは、その「応援される人」が何か特別なものを持っていないと出来ることではない。

 それが、たとえば技術(Art)である場合、その人は「アーティスト」になります。その場合、その人のアーティストとしての「強さ」(=求心力)は、「技術の力」と、ほぼイコールになります。でも、アイドルの場合は、そうではありません。

 アイドルの「強さ」の土台は、「契約」によって得られる「聖性」にこそあるのです(可愛いとか歌が上手いとかは、アイドルにとっては土台そのものではなく、その上に乗っかってくるものです)。そして、この「聖性の強さ」は、その人がアイドルとして何を差し出せるかに大きく関わってきます。

 ここで出てくるのが「恋愛禁止」の問題です。それは、これさえ差し出せば、アイドルとしての「必要最低限な聖性」を手に入れられるというほど「強い」カードです。そして、それ以上に何を差し出すかは、それぞれによって違ってきます(もっとも卑近な例では「体重管理」など)。

 ここで、<はーちゃん>が言う「お人形さん」の話が出てくるのです。<はーちゃん>もAKBメンバーである以上、「恋愛禁止」というカードを差し出すことに異論はないでしょう。でも、それ以上に何かを差し出すかということについて、<はーちゃん>には人間の側に引っ張られる何かがあるということです。

 もちろん、先述したように、ボクは、そのことを否定する積もりはありません。完全にアイドルにも徹しきれず、でも、普通の人間でも居たくないという葛藤。そうした(真っ白でも真っ黒でもない)どっちつかずな感じが、<はーちゃん>の魅力でもありますし、また、色んな濃度のアイドルが居るということ自体が、AKBの魅力でもあります。ボクは、「普通のアイドル」である<はーちゃん>が大好きですし、むしろ、<はーちゃん>には、「お人形さんアイドル」にはなって欲しくありません。

 でも、確かに、アイドルとして求められるのは、言い換えれば、アイドルとして強いのは「お人形さん」のようなアイドルなのです。これは、どっちが「良い」とか「悪い」とかの問題ではなく、どちらが「強い」かの問題であり、そして、もっとも強いのは「お人形さんアイドル」であるというだけの話なのです。

 それは、誰より、<はーちゃん>自身が良く分かってる筈だと思います。だって、ずっと<まゆゆ>(渡辺麻友)を傍で見てきたんだから…