これから、ボクは、とてつもなく、くだらないことを書きます<(__)>
↑予防線を張る人(笑)
『恋愛禁止に関するetc.』
AKB48の米沢さんと平嶋さんが脱退されました。
要は、男性といるプライベート写真が流出しちゃったので、
AKBの<恋愛禁止>ルールに違反したってことでの脱退です。
なっちゃん(平嶋さん)と、米ちゃん(米沢さん)は、
ともに古参メンバーですし、ボクのブログにも登場しています↓
「るみ用の人」
「・・・このメンバーでは、なっちゃん(平嶋さん)が一番好きかな・・・」
正直、(特にこういう形での)脱退は、さみしいです。
でも、ルールはルールなんで、仕方ないかなとも思います。
ここでウヤムヤにしたら、下にしめしがつかないでしょうし。
数百人が在籍しているグループで、皆が守ろうとしているルールを、
その頂上付近に位置する人が破るってんじゃお話になりませんから。
良く見かけるのが、<恋愛禁止>ってルール自体がおかしいって意見。
Twitterでも書いたのですが、ここでボクの考えをはっきりさせておきます。
<恋愛禁止>ってルールが「正しいかどうか」はボクは問題にしません。
大事なことは、AKB48は、そういう方針を持ったグループであり、
そこに所属するメンバーは、それを承知しているということです。
それがイヤだったらグループを辞めれば良い。
現に、2人は個人として芸能活動を続けると明言していますし、
別に芸能活動自体を禁止するような強制力があるわけではないのです。
ただ、AKB48は<恋愛禁止>という方針をもち、
そして、その方針とともに成功してきたグループ*1であって、
そのグループにいたければ、それは守らなければならない。
だから、戻りたければ、いつでも戻ってくれば良い。
ただし、戻ってきたいなら「恋愛という担保と引き換えですよ」ってことです。
なんだか、ファウストみたいですけどね(苦笑)
これも、Twitterに書いたのですが、
菊地さんや、大場さんのように、それでも夢が諦められなくて、
批判の雨に曝されるのも承知で戻ってくると言うなら、ボクは歓迎します。
現実問題として、女性アイドルの偶像性の一部は、
ある種の処女性に基づいているのも事実です。
(実際にどうかではなく、あくまで処女”性”です。)
こういう時に決まって思い出すのは、史上最大のアイドルのこと。
誰かって言えば、それは、まさに、その名の通り、「処女マリア」です。
日本では、「聖母マリア」というのが通りの良い通称になっていますが、
西洋では、むしろ、「Virgin Mary」という方が通りが良いように、
西洋において、彼女は、ある種の<処女性>を象徴しています。
ここで、実際かどうかが問題でないのは、彼女が母であるからです。
実際に母が処女なんて、そんなことあるわけがない。
ゆえに、マリアが処女であるってことを<信じる>のが、
キリストの復活を信じるのと同様にカトリック信徒の条件です。
このことは、ちとアイドルファンと似ているように思います(* ̄艸 ̄)
たしかに、はたから見れば、<気持ち悪い>集団かも知れませんが、
(カトリック信徒がそうであるように)本人たちは大真面目なのです。
人が、それ(信じること)について、とやかく言うことではない。
そして、まさに、「処女である」と人々が信じたことによって、
いや、母であるのと同時に処女であるというその神秘性によって、
マリアは、史上最大のアイドルになりおおせたのです。
AKB48は、そういう意味では、非常に原理主義的なグループです。
たとえば、<恋愛禁止>というルールによって、
「アイドルったって、普通の人と同じだよね」
という暗黙の了解に挑戦してみたり、
<AKB総選挙>という民主的な手段で、
「元々、アイドルは一部の人に支えられているんじゃないか」
という論点を白日の元に曝してしまったり・・・
それらの論点は、アイドルという存在の急所を衝いています。
誰もが、どこかで漠然と感じているところに敢えて挑む姿勢が、
AKB48というグループの原理主義的な傾向を示しています。
だからこそ、面白い。
「何もかもを曖昧にすることが、世界を汚していった」※
最近、ボクは良くそう思います。
だからこそ、曖昧な部分をはっきりさせるってことが意味を持ちます。
そのことによって、夢とか純粋って言葉が、本来の意味を取り戻すのです。
それは、まさしくIdolの使命そのもののようだと、ボクは思うのです。
~恋愛禁止に関するetc.~2012/1/29
註*1
一方で<恋愛禁止>というルールを用いることによって、アイドルとしての偶像性を担保しておいて距離感を演出する。そして、それに「会いにいける」ということで近さを演出する。
まさに、「遠いものが近くにある」ということこそ、AKB48の根幹をなす基本理念だと言えるでしょう。だからこそ、「会いに行けるアイドル」というのが、AKB48の基本コンセプトとして謳われているわけです。
これは、ボクの考える<美>の定義、「触れえないものに触れること」にも、何処かで通じるように思えます。
それでなくともさ・・・
<大人たち>が逆立ちしたって手に入れられないものを、
彼女たちがたった一つだけ持ってるって信じたとして、
それで良いじゃないか・・・そんな気がする・・・