-夢日記-
『春の風』
ボクは小さな門をくぐって、とある和風建築の中に入って行った。一階の外面には木柱が立ち並び、二階に主な機能が集中している。どこか、ル・コルビジェのサヴォア邸を思わせる構造の建物だった。
宴の会場となる大広間は二階にあった。東側と南側の二面を回廊に囲まれた畳の広間。本来、回廊と広間の間には障子が嵌められているようだったが、この日は、宴会用に全ての障子が開け放たれているらしかった。
回廊の外側は全面がガラス張りの窓になっていて、会場の広間からは回廊を挟んで、外の景色が見える。二階の高さから望む街並みは、大気までが一面の灰色で、それは、どこか陰気で寂しげな光景のように思えた。
広間には畳の上に幾列も長卓が並んでいた。それに従うように座布団が敷かれていて、コンロの鍋から立昇る煙が、空気を少し白くしていた。外が仄暗いためか、昼間だというのに電灯が煌々と点いており、その下で揺らぐ煙の流れが、どこか場末の雀荘をボクに連想させた。
すでに多くの人が席についていて、会場はそれなりに賑わっている。持参したとおぼしき酒で、すでに出来上がってるグループまである。ボクの席は、東側の端の一角にある筈だった。
「たしか・・・ゼミごとに席が決まってるんだっけな・・・」
見ると、その一角には、ポッカリと空席が出来ており、ウチのゼミ生は、まだ誰も来ていないようだった。座ってる人たちを掻き分けるようにして、自分の席に向かう。見知った顔が何人かいて、「お~っす」などと、軽く挨拶を交わす。
会場には静かに音楽が流れている。それは、笛が導くエキゾチックなロックだった。「イスラム教にせよキリスト教にせよ、宗教に陶酔するのって、結局のところ、ロックに陶酔するのと同じことなんだよな」誰かが、酔っぱらって、そんなことをぶち上げている。「たしかに、そんなもんかも知れないな・・・」と、ボクは思う。
席に着いて、ふとケータイを忘れたことに気づき、荷物置き場になっている控えの間に引き返す。バッグからケータイを取り出し回廊に出ると、広間の方がざわついている感じがした。ガラス窓の外に目をやると、灰色だった空にピンクが散りばめられている。
「春の風だ・・・」
ボクは慌てて、バッグからカメラを取り出す。回廊に飛び出て、夢中でシャッターを切る。先ほどの音楽に勝手につけた歌詞を口ずさんでいる。
♪春の風に吹かれ、キミは汽車のなか
♪旅に疲れても、空に向かい放て
♪月の光よ
♪届けたまえ
♪この願い
♪旅立つキミの、心守りたまえ
ふと、一陣の風を感じて振り返る。誰も居なくなった広間がそこにあった。陽射しの中、桜の花びらが、フワッと長卓の上に舞い落ちる。いつしか、空気は透明になっていた。