一日おサボりしてしまいました<(__)><(__)>
さてさて、前回、前々回と鑑賞をギブアップしてしまったわけですが・・・
自身はアマノジャクのくせに、どうも、作品には全体の調和を求めるらしく、
世界観が統一されていない作品は受け付けられないみたいなのです。
そこで思い出したのが宮崎駿さん(* ̄艸 ̄)
今さらボクが何をかいわんやの巨匠ですが、
それがゆえに批判を受けることもあるようです。
もちろん、原作物を扱ったりすることからも分かるように、
宮崎さんも全てが完全にオリジナルというわけではありません。
ただ、世界を作る力、世界を完結させる力はやはり図抜けています。
あれだけ多種多様な世界観を持った作品を制作していながら、
個々の作品において世界観の統一が気になったことはないのです。
宮崎アニメで「空」と言えば・・・やはり『ラピュタ』・・・
と、いきたいところですが、今回は飛行機ものってことで、
ここは、『紅の豚』でいきましょう(* ̄艸 ̄)
基本的に宮崎さんって人は、好奇心が旺盛というか、
すごく勉強家な人なんじゃないかって思いますね。
『紅の豚』は、2つの世界大戦の狭間(1919-1939)で、
束の間、訪れた平和な時代のイタリアを描いています。
それは同時に、ファシズムの台頭によって
不吉な足音が聞こえてくる時代でもあります。
単なる、平和でのんびりした空戦ものに終わっておらず、
背景となっている世界を丹念にトレースすることによって、
自由の価値、生きていることの意味が浮かび上がる。
不穏な影が忍び寄る地上世界、自由の広がる青空の世界。
まぎれもなく傑作だと思いますが、たった1点だけ不満が・・・
注:以下はネタばれです<(__)>
それはですね~・・・
クライマックスのドッグファイトが何故か殴り合いで決着しちゃうこと(;一_一)
ロマンは何処へ行ったの!?空は何処へ行っちゃったの!?
いや、あれは多分、かなり意図的だとは思うんですが・・・
結局、人間の争いなんて、そんなカッコイイもんじゃないよって・・・
でもね~・・・
戦闘機乗りに好漢が多いのは、狂っていく戦場の中で、
「撃つときも撃たれるときも相手の顔を見ないので、
相手に対する憎しみの感情を抱かずに済むからだ」
って話を聞いたことがあって・・・それは真理だなって・・・
(むしろ、好漢で居続けることが出来るっていうべきかな・・・)
プロペラ機の時代には、優れた技量を持った熟練搭乗員ならば、
相手の飛行機のエンジン部分にのみ弾を命中させて、
搭乗員を傷つけずに戦闘能力を奪うことが出来たようですし。
(飛行機が墜ちても、パラシュートで脱出すれば助かりますから)
なんか・・・「飛行機乗りが素手で殴り合っちゃオシマイじゃん」
って、見るたび思ってしまうんですな←ってことは何度も見てる(* ̄艸 ̄)