ホーリー・クロス紛争 | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


『ホーリー・クロス紛争』


2001年の9月と言えば、多くの人は9.11を思い起こすでしょう。


その影に隠れて、世界的には忘れ去られてしまった事件があります。

ベルファストで発生した「ホーリー・クロス・ガールズ小学校事件」


急進的プロテスタント系住民たちが、ある地区の通学路に立ち並び、

その地区を通学路として使うカトリック系女学校の小学生たちに対し、

連日、罵詈雑言を浴びせ、つばを吐きかけるという暴挙に及んだのです。

本国イギリスでは大きく取り上げられ、メディアが現地に殺到しました。↓




背景を理解するために、少し時計の針を戻してみることにしましょう。


事件より遡ること、約1年前の2000年12月。

カトリック系地区であるアルドイン南地区において、

プロテスタント系のタクシー運転手が射殺されました。


これにIRA暫定派(カトリック系)の関与が疑われたことから、

プロテスタント系住民の間に「抗議」の機運が強まっていき、

この地区付近での両者の緊張は一気に高まっていきました。


そんな中、アルドイン南地区に住むカトリック系女子小学生は、

カトリック系のホーリー・クロス・ガールズ小学校へ通うために、

プロテスタント系地区の前を通過しなければならなかったのです。

そして、そのことが、この事件の伏線になっていきます。


高まった両者の緊張状態は緩むことなく続いていき、

ホーリー・クロス・ガールズ小学校に通う子どもたちは、

2001年になると、「通学路で罵られる」と訴えるようになっていました。


春学期終了直前の6月末になり、(一部)プロテスタント系住民は、

学校に子どもたちが入れないように「封鎖」(blockade)を始めました。

そして、この「封鎖」は、春学期が終了するまで続いたのです。


2001年の9月、夏休みが明けても事態は改善しませんでした。

もちろん、北アイルランド警察も黙っていたわけではありません。

既に6月の時点で、護衛のための人員を通学路に配備していました。

さらに、プロテスタント系住民に道をあけさせるために、

イギリスの陸軍も北アイルランド警察に協力していたのです。


そして、事態は↑の動画にあるような場面に突入していきます。

段々と行為はエスカレートしていき、親と警察がガードする中で、

沿道からは、もの(石やレンガなど)が投げつけられました。

はてには、手製の小型爆弾(blast bomb)までもが

護衛する警察に投げつけられ、1人の警察官が負傷したのです。


一方、カトリック系の車にレンガと石を投げつけた

プロテスタント系の少年(16歳)が、車にひき逃げされ、

殺されてしまうという悲劇も別の場所で起こりました。


世界がアメリカの同時多発テロに耳目を奪われている中、

11月20日には、ベルファスト教育/図書委員会が無料バスを提供。

さらに、11月23日になって、北アイルランド首相の立会いのもと、

ようやく両地区の住民の合意ができ、「抗議」は収束に向かいます。




こうして、事件を巡る一連の出来事を振り返ってみると、

死者は、むしろプロテスタント側に出ていることからも分かるように、

カトリック側はカトリック側で相応に酷いことをしていますし、

ボクは、どちらの立場を擁護するということはしません。

しかしながら、はなから子どもを対象にした一連の行為は、

もっとも卑劣で醜いものであったという印象をボクは抱きます。




イメージ 1
事件を題材にしたミューラル(アルドイン南地区)

1957年、公民権運動ただなかのアメリカで起こった

「リトルロック高校事件」と本事件を類比して描いています。

「これじゃ、まるで白人による黒人差別と同じじゃないか」(という主張)


(注:「リトルロック高校事件」・・・アメリカ、アーカンソー州で起こった事件。

 白人至上主義の知事が、リトルロック高校への黒人の入学を認めず、

 州兵を招集し、高校を封鎖して黒人学生9人の入学妨害を画策。

 一方、大統領は空挺師団を派遣し、9人の黒人学生を護衛しました。

 結果、入学は認められましたが、その後もいじめはあったようです。)




事件のあった通り
右がホーリー・クロス・ガールズ小学校の正門
この道をまっすぐ200mほど進んだ辺りがアルドイン南地区

GSVで事件の通りを訪れると、まるで何事もなかったように、

まるで、現場がここじゃないかのように、平穏な通りに感じます。

じつは、ボクが以前に撮った子どもたちの写真↓の多くは、
(具体的にどれとは言わないけど)アルドイン南地区で撮ったものです。

事件から十年、今の子どもたちは、どんな生活を送っているだろうか・・・

子どもたちが、そんな悲しい目にあうなんてことは、それが誰であれ、

絶対にあっちゃいけないことだって・・・そう思います。