閑話休題2(卒論メモ7) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

 
ロラン・バルトは、写真を「〈いま―ここ〉と、〈かつて―そこ〉との非論理的な結合である」とした。(1865年の写真に写った死刑囚が「すでに死んでいると同時にこれから死にゆくものでもある」というように)

一方、デジタルがデジタルである所以は、その無時間性、非空間性にある。(それは自己を無限に増殖させることにより、まさに「いつでも―どこにでも」存在することが出来る)

光電変換され、デジタライズされ、記号化されたデジタル写真は、無限に増殖し生成
続けるビットの物語、あるいは神話であり、まさに、その場において、写真は写真たる所以、「それが〈かつて―そこ〉にあったということ(インデックス性/聖痕)」を消失する。(=写真の死)

しかし、果たしてそれは、そんな単純な問題だろうか?←自分で言っておいて(笑)