
壁一面に貼られた無数の写真。
それをパッと眺めた時に気づくこと、
それは、シャッターを切り続けたということ。
まさに、クーデルカ(=写真家=記録者)が、
その事件の現場に居たということを感じさせる。
ディテールとパノラマ。
記録ということの諸相。
一枚一枚の写真が事件の断片を構成し、
その全てで、ひとつの事件を形成している。
シャッターを切り続けるということ。
それこそがまさに、ドキュメントの本質でありえるのだ。
事件のアスペクト。
写真を見て気付くこと。
歴史の教科書には載っていないこと。
それは、ソ連兵もまた、同じ人間であるということ。
(あるいはブルガリアやハンガリー兵かも知れないが)
ここに、悪魔は写っていない。
ここにいるのは、制服を着た人間と着ていない人間。
武器を持った人間と持っていない人間。
血を流した人間と流していない人間。
そして、無機質な戦車だけだ。
「ジョセフ・クーデルカ プラハ1968」
東京都写真美術館5/14-7/18