ジャコモ・バッラ
≪自画像≫

1928
フィレンツェ、ウフィッツィ美術館
瞬間の動きを捉えたこの作品は、肖像画というよりは、むしろスナップ写真のようである。画家自身ではない誰か別の人物が撮った写真を連想させるのだ。このように切り取られた空間は、画家が手を動かすことの出来ない刹那の時間を暗示する。その刹那、画家と肖像画を結び付ける筈の「手」は絵画の中で塞がっている。その手はカップとソーサーを持っているのだ。すると、この肖像画の人物は画家自身ではありえない。その可能性は絵画空間の方から拒絶されている。片手にカップを持ち、片手にソーサーを持って不敵にほほえむこの人物は「手」という繋がりを拒絶することによって、作者としての自分、自己の同一性を否定する。作品自体が、その可能性を否定しているのだ。そう考えるのならば、絵画空間の中から現実空間をのぞき込むこの人物は、まさに「自画像」という名の人物なのだ。この「想像上の人物=自画像という名を持った人物」は絵画空間の中で静かに不敵にたゆたっている。
昨年度の成績が公開されたので、レポートを順次アップしていきます。
↑は昨年の「ウフィッツィ美術館自画像コレクション展」に出展されていた作品。
まあ・・・いまさらレポートを公開しても遅い気がしますが←自己満足(* ̄艸 ̄)
ちなみに、この短いレポートは(僕が美術史の卒論と勝手に位置付けた)
エルスハイマーの長いレポートとセットで提出したものです。
そちらの長いレポートは時間をかけて堅実に作ったので、
こちらでは(ご覧のように)自由に遊ばさせて頂きました<(__)>
↑じっとしてられない性格(* ̄艸 ̄)
※う~む・・・あらためて見比べてみると、同じ展覧会のレポートでも
提出したレポート(↑)より、以前ブログで公開したレポートの方が、
(引用もしてるし)ちゃんとしたレポートっぽいような・・・
↑優先順位を間違えた人(笑)