コモン・センス | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


エジプトの民主化要求デモも佳境を迎えているようですが、

そんななか、ぼくの印象に残ったひとつの映像があります↓




まあ、なにやら微笑ましい映像ですが(* ̄艸 ̄)

一方で、すでに100人を超える死者が出ていますし、

デモが暴徒化しているという報道もなされています。


街を清掃するというこの行為は、

エジプトを(政治的にも)浄化したいという純粋な感情の現れにも思えますが、

一方で、これは諸外国に対するメッセージのようにも思えるのです。


ムバラク政権は親米的でしたし、欧米を初めとする諸外国は、

デモの行方を非常に注目しています。

口では民主化に賛成しながらも、その実態を慎重に見極めようとしている。


ですから、この行為は、

「ぼくらは単なる暴徒ではないし、

(乱雑な)混乱をもたらすのが目的ではない。

 あくまでも平和裏に民主化を目指すのが目的なんだ。」

というメッセージにも受け取れます。

 (つまり、「ぼくらも文明社会の一員ですよ」というメッセージ)


ぼくはここに、かれらの「注視されている」という意識を見てとります。

グローバル化社会、ネットによってチュニジアから飛び火した彼らの活動。

必然的に「ネット社会」というものに意識が向かいます。

そこには、国境なんてものはありません。

かれらには、ネットを通じて国際社会に見られているという意識が常にある。

そこには、一種のコモン・センスが働く余地がある。


たとえ、ムバラク大統領がネットを「遮断」したとしても、

ネットを「統制」することなんて出来はしません。

ネットを遮断したら、みな何かあったと思うに違いないのです。

もはや、国家が情報を統制できる時代じゃありません。


ぼくは、「血の上に築かれた革命」を如何なる意味でも支持しません。
(より良い未来だけが存在し、あるべき未来なんて存在しない)
(もちろん、今回のエジプトがどういう事態になるかは分かりませんが)

しかし、ある種の楽観的な気分があることも事実なのです。

それは、ネット社会のコモン・センスが機能し始めるのを確認したからです。


きっと、ナチがあんな所業をしているのが分かっていれば、

日本もイタリアも同盟を結び続けてはいなかった・・・

きっと、ドイツ国防軍だって、ドイツ国民だって・・・

もちろん、ナチを政権に選んだのはドイツ国民なんだけど、

「見られている」ってことが分かっていれば、きっと、事態は違った筈・・・


密室化された社会では、往々にして陰湿な悲劇が起こります。

強制収容、リンチ、虐殺、粛清etc・・・


きっと、見られていることが分かっていれば、

関東大震災で日本の大衆が暴徒化して、

朝鮮人を殺してまわったりはしなかった・・・


「見られていること」

そこには、国家と民衆の区別もありません。

そんなものは、WikiLeaksが出来る遥か以前に取っ払われていたのです。


多種多様な価値観に則ったコモン・センスは、

他の価値観との仲介役を果たすでしょう。

そして、ネット社会のコモン・センスは著しい勢いで成長を続けています。

だれかひとりがネットにつながるたび、ネット社会のコモン・センスも成長する。

ぼくは、そんな楽天的な未来を思い描いてみたり・・・してね(* ̄艸 ̄)