
日本国憲法、第1章、第1条
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
この世界が複数のコミュニティから成り立っている限り、
それぞれ何らかの自己同一性を示すもの(=旗/統合の象徴)が必要になります。
(アナーキストでもない限り、ここは議論になるところではありません)
よその国では、これが星条旗だったり、理念だったりする。
また、個人そのものが統合の象徴となる場合もあります。
たまたま、それが、(現代)日本では「天皇」だったのです。
1000年以上にも渡って培われた象徴であり、多くの人が支持しています。
西洋列強のアジア進出、終戦後のドタバタ・・・
これらを日本人は「天皇という旗の下」に集結して乗り切りました。
近代の混乱期に、わざわざ象徴を作る必要が無かったこと。
ぼくは、これはむしろ日本にとって幸いだったと思っています。
たしかに、色々な混乱はありました。悲劇もありました。
しかし、国自体が分裂してしまったことはないのです。
たとえば、統合の象徴だったチトーが亡くなったのち、
ユーゴスラビアがどういう状態になったか・・・
むしろ、現代日本人は「旗」の実感がなくて当然だと思います。
「旗」は自分の場所を見失った時に初めて意識するものだからです。
我々は「日本人」であり、(普段)それを疑ったりすることはない。
しかし、現実にこの先、その境界線が曖昧になっていく。
グローバル化、国際結婚、移民。
日本民族は多様化していくでしょう。
尖閣、北方領土、竹島。
境界だって定かじゃありません。
(日本は島国ですから他の国よりは遥かに地理上の境界ははっきりしており、
そのために、強い御旗は必要ない<=むしろ嫌悪感を覚える>
というのは現実問題としてあり得るでしょう。)
グローバル化社会の中での「日本人」
人種、性別、価値観、多種多様な「日本人」
住む場所も、話す言葉でさえ違うかも知れない。
この「旗」は、それらの「統合の象徴」として機能します。
ただし、この「旗」が強く振られ過ぎてしまうと、
人々がそれに振り回されてしまいます。
ですから、この旗は「弱く振られ、しかも泰然と」そこにあるのが望ましい。
現在に至るまでイギリス王家が残っているのは、
大憲章(マグナ・カルタ)により、権限が著しく弱まったからだとぼくは考えています。
天皇家も同様です。昭和天皇はイギリス流の立憲君主制を理想にしていました。
昭和天皇が「自らの権限を使用したのが2度だけ(2/26、終戦時)だった」
と語っていることは、この文脈から理解できます。
(少なくとも天皇個人の意志としては「弱い御旗」を目指していた)
さらに、敗戦によって天皇家の権限は著しく弱まりました(事実上0に等しいでしょう)
イギリス王家、天皇家・・・これらは、むしろ「弱い御旗」なのです。
フランス王家、ロシア皇帝、清皇帝・・・
絶対的な権限を持っていた王家(御旗)は例外なく潰されています。
しかし、御旗が折れてなくなってしまったということは、
より強い御旗がそこに現れたということを意味します。
たとえば、皇帝(ツァーリ)を潰して共産主義政権を立てたロシア。
たとえば、ワイマール共和制を潰してナチス政権を迎えたドイツ。
たとえば、共和制という御旗を求めブルボン王家を潰したフランス。
あげく、フランスではさらに強力な御旗に取って代わられました(ナポレオン一世)
強い御旗は血を求めます。(というより、強くあるために血を求める)
(例:ギロチン/ナポレオン戦争/ナチスの様々な政策etc)
それは、共和制だからとか君主制だからということに関わらないのです。
それを抑制するために人類は色々なシステムを作ってきました。
(例:戦時国際法/文民統制etc)
しかし、現在のアメリカ(ひいては中国)などを見ていると、
いつの時代も根本的なことはさほど変わっていないなと思います。
(アメリカの星条旗ってのも強い御旗ですから)
なぜ、(彼らは)旗を強く振る必要があるのか・・・
ほぼ単一民族で構成され、領域を海に守られている
ぼくら日本人には理解しづらいかも知れません。
(振り方が強ければ強いほど、旗は目立ちますから)
これは、統合の力に関わっているのです。
(特に多民族/多宗教国家は)放っておけば分裂してしまう。
分裂してしまえば次は内戦です。
たとえば、統合の象徴だったガンジーが亡くなったのち、
インド/パキスタンがどういう状態になったか・・・
(実際にはガンジーの生前から印パ戦争は起こっているのですが、
彼が生きていたら、もう少し違ったストーリーが描けていたような気がします。
60年以上経った今でも両国は争い続けていますから・・・
また、ガンジーの生前に印パが分離してしまったということは、
彼が「弱い御旗」だったということを証明するように思います)
世界は全くもって単純じゃありません。
チェチェンの人々は歴史的にロシアに抑圧されていました。
そこでドイツ(ナチス)が侵攻してきた時に協力したのです。
ドイツが撤退したのち、チェチェンの人々を待っていたのは強制移住でした。
この強制移住によって数万〜数十万もの人々が亡くなったと言います。
それだけでなく、当時のソビエトでは一千万単位の人々が粛清で亡くなりました。
ぼくは(当然ですが)ナチスが占領すれば良かったと言っているのではありません。
単純に割り切ることの出来ない問題がこの世界には非常に多いのです。
正直な話、ぼくが戦前〜戦時中に生きていたら天皇制に反対したかも知れません。
(もっとも、天皇家そのものではなく、天皇の在り方を含む当時の制度に関してです)
なぜなら、それは極めて強い御旗(軍国主義)として利用されてしまったからです。
(もちろん、それは天皇個人の意志とは正反対だったのですが)
ちなみに、戦前の日本が「強い御旗」を必要とした理由の一部は、
隣に共産主義という(かつてないほど)強力な旗が打ち立てられたから、
だったのかも知れません。(実際、共産主義の旗に集まった人は多かったのです)
GHQが天皇家を潰さなかったのは、天皇を利用できると考えたため、
そして、当時の天皇制を「強い御旗(=軍国主義)」と「弱い御旗(=象徴天皇)」
とに分離できると考えたためでしょう。(実際、それは正しく機能したのです)
ぼくが、現在の天皇制を支持しているのは、
それが、「弱い御旗」であるからに他なりません。
したがって、この旗を利用しようとする動きには嫌悪感を覚えますし(街宣車など)
また、この旗を交代させようとする動きにも警戒感を覚えます。
その旗が、「どんな旗」なのかという保証がどこにもないからです。
「天皇制」という旗には、この60年間、無害なものであったという証明があるのです。
そして、曲がりなりにも日本は、この「弱い御旗」の下で統合できているのです。
それは、四隅を海に囲まれているという「優位」を持つからに他なりません。
ユーラシアの西と東の端にある島国が「弱い御旗」を持っているというのは、
それなりに理由があるように思えるのです。
しかし 、この先云々ってのはまた別の話です(上述→グローバル化云々)。
まかり間違ったら、また「強い御旗」が求められるようになるかも知れない。
ぼくは、そういう事態をもっとも警戒していますし、また、恐れてもいます。
ですから、ぼくは、この問題に関して、非常に慎重な(保守的)立場をとるのです。
え〜・・・まとまらない話になりました<(__)>