『敗北を抱きしめて』
金曜日、学校の映画館で『グッバイ・レーニン』を見た。
(もっとも、この映画は大好きで既に何度も見ているのだけれど)
旧東独が舞台の『グッバイ・レーニン』で、
主人公は母が信じた理想郷の葬送を行った。
現実には存在し得なかった理想郷。
レーニン像がヘリコプターに運ばれる場面は、
ギリシアのテオ・アンゲロプロスが監督した映画
『ユリシーズの瞳』の一場面を思い起こさせる。
生粋の共産主義者であった
アンゲロプロスもまた、
共産主義の葬送を行った。
ドナウ河を船で葬列のように運ばれていくレーニン像。
人々は共産主義という巨大な宗教の終焉を見送り十字を切った。
かつて、共産主義国家の弾圧と戦った
元チェコ大統領ヴァーツラフ・ハヴェルは、
全ては相対的なものに過ぎないってことを
ぼくに思い起こさせる。
彼らはみな、共産主義の理想と現実も、
資本主義の理想と現実も知っていた。
いや、知らざるを得なかった。
共産主義末期のポーランドに
『Kingsajz』という映画がある。
描かれているのは果てなき自由への憧れ。
そこには「自由」という夢があった。
「自由」の世界に生きる僕らは、
何を夢にして生きていけば良いのだろう・・・
「かつて宗教が占めていた位置を引き継いだ混乱によって、人々は大いに必要とされる『魔術的な力添え』ーエリッヒ・フロムがなづけた意味でーを奪われました。このエピソードの発端は、船に乗せるためにあの巨大な彫像を分解しているときに、私が目撃した実際の光景です。ある夫婦を乗せた小舟が、黒海沿岸にあるルーマニアの港町であるコンスタンツァの港を渡っていました。男はレーニンの巨大な彫像に気付くと、立ち上がり、唖然としてそれを見つめました。そして女の方は手で彼の目をふさぎ、十字を切ったのです。しかし、忘れずにおきましょう。ある意味では、これは葬列でもあって、そういう状況では人々が十字を切るのは普通のことなのですから。」ーテオ・アンゲロプロス