いよいよ、僕の周りでも就活が本格化してきました。
そんななか、僕にはひとつのジレンマがあるのです。
僕は、現在の就活システムをかなり批判的に見ています。
しかし、それを就活している当の彼(彼女)らに言っても仕方ありません。
僕が憤ってみたところで、彼らの現状は変わらないのです。
彼らはそのシステムの上で頑張るしかない。
ホントは「無理しないで」とか言いたいけどね・・・
でも、現状「今」無理するしかないシステムになってしまっている。
だから、僕は「ガンバレ」としか言いようがない。
それでも、いや、それだからこそ、僕は「ここ」で現状を糾弾したいと思います。
※え?なんでflowinvainさんは蚊帳の外みたいな顔してるのって?(笑)
就活のシステムそれ自体にも問題があるようですが、
それ以前に、日本の「ところてん式」教育法そのものに
問題の根源が潜んでいると僕は思っています。
ゆとり教育がどうのなんて、些末な問題に過ぎない。
むしろ、頑張った人間が報われないことが問題なのです。
だから、全体のモチベーションが落ちていく。
これは、共産主義の末期的な様相に似ています。
格差を生まないなどと口では唱えつつ、
実際には生まれた年度によって格差が生じてしまっている。
だったら、学生の資質(ヤル気)に応じた格差に書き換えれば良い。
その方が遥かに分かり易いし、学生のヤル気にも繋がるでしょう。
何より重要なのは学生のモチベーション付けなのです。
ゆっくりやりたい人にはそれなりの道が、
頑張りたい人には頑張りたい人なりの道が、
それぞれ用意されていればそれで良い筈なのです。
日本は(そういう)自由主義社会を選択した筈なのに、
一部のインテリを初めとする連中によって、
教育の場だけはなぜか共産主義的になってしまった。
(共産主義者はインテリ比率が高い。
あげく、敗戦後のドサクサに紛れて
保守層は教育の場から駆逐されてしまった。)
今でも、日教組を初めとする(社会主義者の仮面を被った)
共産主義者たちによって、その牙城は保たれています。
一括して学生を送り出そうとする彼らの発想自体がオカシイ。
だから、「この世代は~」などというバカな話が罷り通るのです。
学生それ自体が見られるようなシステムになっていない。
僕が民主党と決定的に相容れないと思っているのは、
まさに、(支持団体の一つである)日教組の存在が大きいのです。
民主党政権である限りは教育改革など不可能に近い。
現に、自民党政権下で制定されたばかりの教員免許更新制を
民主党は政権を奪取したその瞬間に葬り去ろうとしました。
注:僕は就活の実情を分かっていないので、
以下の部分はまったく的外れの可能性があります<(__)>
僕は、日本の(教育を含む)社会全体が
もっと流動性が高いものに変動しても良いと思っています。
社会全体が活性化すれば、全体の失業率は低下していくのです。
もっと流動性が高いものに変動しても良いと思っています。
社会全体が活性化すれば、全体の失業率は低下していくのです。
教育現場においても留年や飛び級をどんどんさせれば良い。
企業は企業で、使えない人材をどんどん切れば良い。
(採用後2年以内なら退職金なしでリストラできるようにする。)
その代わり、一年中採用枠を空けさせて置くのです。
企業が大学に頼りきった就職システムになっているから、
新卒だの既卒だのというバカらしい区別が生じる。
ハローワークのような機関に、情報を一元化すれば良いのです。
新卒だの既卒だのというバカらしい区別が生じる。
ハローワークのような機関に、情報を一元化すれば良いのです。
つまり、「教育」と「就職」を切り離すのです。
入りたい人は好きな時に勝手に応募すれば良い。
その人を採るか採らないかは企業の自由です。
(つまり、事実上、すべてが中途採用になる。)
結果、「枷」を外された「就活」はどんどん前倒しになるでしょう。
しかし、どんなに就活が前倒しされたとしても、
採用した学生がまったく使えない人材だったらどうでしょうか。
(採用後2年以内なら退職金なしでリストラできるのならば、)
企業の側からすれば、使えなかったら切れば良いだけの話になります。
そして、その代わりに使えそうな人間を採るようになるでしょう。
やがて、学生/社員は自らを磨くことを優先するようになるのです。
そうやって、キチッと自分を磨いた人間が評価されるようになれば、
社会全体は活性化されていきます。(繰り返しになりますが)
社会全体が活性化すれば、全体の失業率は低下していくのです。
ウチの大学の批判をしたくはありませんが、
(僕はウチの大学を気に入っていますし、
尊敬すべき先生も数多くいらっしゃいます。)
それでも、やはりオカシなところはあります。
何より変だなと思うのは、語学の単位が半期で1単位なことです。
これに対して通常の講義は半期で2単位(通年で4単位)。
これは全く理解できません。
語学の授業は出席(+授業態度)が重視されますし、
云わば、単位を取るのが難しい授業です。
それに対して講義では、(個々の授業によって差はありますが)
まったく出席しなかったにも関わらず、
テスト一発で単位が取れてしまうケースすらあります。
これでは、頑張った人間が全く報われません。
当然、ラクをして単位を取れる授業に人が流れます。
ラクをして済むのならばそれで済ましてしまうのが人間ですし、
僕はそれが「悪い」ことだとは思いません。
それはむしろ、
「水は低きに流れる」と言うように、自然の摂理みたいなものです。
そこにこそ、共産主義が失敗した理由がある。
自然の摂理に反した(現実を無視した)やり方だったからです。
語学の授業に関しては、即刻に単位を倍にする。
その代わりに、卒業必要単位数を増やせば良いのです。
(例:僕の学科の場合
主外国語8+副外国語6が必須なのですが、
その14単位分を卒業必要単位数に上乗せする。
つまり、卒業に必要な単位数124を138に変えてしまえば良い。
その代わり、語学の単位は倍になっているので、
必要な「コマ数」としては同じになります。)
こうすれば、(必須以外の)語学の授業を選択しやすくなります。
最近、留学に行く学生が少ないとか話題になっていますが、
大学の語学に対する扱いがこれじゃね・・・って思います。
・・・なんか、最終的に就活と関係ない話になってしまった。