
展示室を入ってすぐのところに、題不詳の女性像がある。
毛糸のような暖かそうな素材の帽子と、
同じような素材の服を着た彼女の顔だけが、
鮮明に浮かび上がっていて、周囲はボカされている。
しかし、無名に帰せられるこの人物を、
僕はどこかで見たような気がする。
この既視感は何だろう。
そう考えると、
誰もかれもが誰かに似ている。
そして似ていない。
類型としての、
個人としての、
肖像。
初めて見た次の瞬間には、
もう「知っている顔」になってしまう。
類型の中に取り込まれる個人。
従って、(写真家たちは)必然的な傾向として、
類型にとりこまれない人物像を写し出そうとする。
レンズの中で形態が崩れる人間。
人でないものを人のように見せる写真。
認識をズラそうとする写真家たち。
それは、僕らがどれだけのものを、
人として認識するかということに関わってくる。
僕らが、どんな形態に命を与えるのかということにも。