「シュートの意識」について、U16アジア選手権-雑感 | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

 
現在、ウズベキスタンで16歳以下の代表によるアジア選手権が行なわれています。
 
グループリーグを終えて日本はオーストラリアに次ぐ2位。
 
次戦は世界大会出場をかけた決勝トーナメント1回戦です。
 
そのグループリーグ第3戦(オーストラリア戦)を見て感じたこと。
 
 
どうも、日本のサッカー界(メディア/解説者なども含めて)は、
 
「シュートを撃て」と言い過ぎなんじゃないかという気がします。
 
その結果、シュートを撃つこと自体が目的になってしまっているようです。
 
 
この試合でも、日本は圧倒的にシュートを撃ったのですが、
 
より有利なポジションにいる味方にパスを出せていたならば、
 
少なくとも1点は獲れたんじゃないかという試合展開でした。(0-0の引き分け)
 
 
別に、常にパスを狙えと言っている訳ではありません。
 
そうではなく、むしろ、選手個々の自由に任せたら良いと思うのです。
 
ゴール感覚は生まれ持ったものだと良く言います。
 
それぞれの選手のゴールに至る道程は全く異なっているはずです。
 
(ドリブルで抜くのが得意な選手、ワンツーで抜け出して・・・etc.)
 
であるならば、下手に意識付けしてゴール前で焦らせてしまうよりも、
 
それぞれに、自身がもっともゴールを奪い易いと思うプレーをさせれば良いのです。
 
 
つまり・・・
 
「どんな形でも良いから、とにかくゴールを奪え」
 
そう言うべきではないでしょうか。