カポディモンテ美術館展 at 国立西洋美術館 | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

 
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『Arche』
 

光は存在を浮かび上がらせる。
 
形を越えて、幻想を越えて。
 

光の当たり方が指示されている平面芸術。
 

パルミジャニーノ。
 
≪貴婦人の肖像≫
 
凍ったまなざし。
 

神のごときグイド。
 
≪アタランテとヒッポメネス≫
 
まったく動きのない絵。
 
永遠の静止。
 

指示された通りにしか物事を見れなくなっている自分がいる。
 
「そこに美はないんだ」と呟いてみる。
 

光を反射する手摺り、人を寄せ付けないための手摺りが、
 
「美はそこにあるんだ」と叫んでいる。
 

ゲーテも見たであろうこの絵の前で、僕は倦怠感に蝕まれている。 
 


 
『Catharsis』
 
 
そして、僕はまた
 
ルクレティア≫の元に惹かれていく。
 

あの絵はなんだろうね・・・
 
ひとつだけ異質なモノが混じってるような、そんな気がするんだ。
  
 
エロスのない艶めかしさ。
 
性を失った肉体。
 
欲望を消失した視線。
 

この世には白と黒しかないんだと言わんばかりの、あの白さ。
 
あれほど白というものを強烈に感じる絵を(僕は)他に知らない。
 
僕はきっと、あの白さに惹かれてるんだ。
 

全てが記号に変換され欲望の対価として換算される(この)社会。
 
美術館の中だって例外じゃない。
 
僕はきっと・・・(そんなことにウンザリしているんだ。)
 
 
あの絵を異質に感じる理由も「そこ」にあるんだろう。
 
あの絵からは欲望の欠片も感じられない。
 
僕は(あの絵を目の前にした)
 
その感情を「欲望のCatharsis」と呼ぼう。
 

 
注:≪ルクレティア≫は常設展示です(画像はこちら↓)
 
 
という訳で、カポディモンテ美術館展に行ってきました。
 
(冒頭の絵のように素晴らしい作品もあるのですが)
 
質も量もそこそこって感じですかね。
 
都美術館のボルゲーゼ展と大差ないかな。
 

なんだろう・・・
 
「どっかの美術館から適当に絵を持ってくればそれで良いや」
 
って、そんな(ので良い展覧会が出来る)訳ないよね・・・