演習(西洋美術史)の発表の日程が決まりまして、
3年生+あいうえお順という公平な抽選の結果(笑)
僕が最初に発表することに決まりました・・・
今回はエルスハイマーの発表をする積もりなんですが、
まるっきり手探りの状態で、今は資料を読み込んでいる段階です。
1年生の時に同じ先生の授業で発表したものを、
(ネタ切れということもあり-笑)載せておきます。
ほぼ推測だけで書いてあり、先生&TAからも
「ロマン主義的な傾向」「エッセイ風」
という評価を下されたレポートですが(笑)
興味がある方はどうぞ♪
ちなみに、ムンクは自動的に割り振られたのですが、
自分で発表してからは興味を持つようになりました。
エドヴァルド・ムンク
Edvard Munch
1863-1944

《煙草をもつ自画像》1895
ムンクといえば《叫び》です。
むしろ《ムンクの叫び》という一つのタイトルになっているような感じすらあります。
これほど有名なこの絵の求心力は、どこから来るのでしょうか?
それでは、ムンク本人の言葉と横尾忠則さんの解説に力を借りながら、
この絵を僕なりに理解する旅にお付き合い下さい。

《叫び》1893
エドヴァルド・ムンクは1863年にノルウェーで生を受けました。
5歳の時に母が結核で死に、姉と弟も若くして死にます。
こうして身近に「死」を実感したことが
ムンクの芸術の方向性を決定づけたと云われています。
《叫び》は「愛」と「死」、そして「不安」をテーマにした
「生命のフリーズ」というシリーズの一つで、
1893年にベルリンで描かれました。
しかしそこで描かれているのは故郷ノルウェーのフィヨルドです。
ムンクは《叫び》についてこう言っています。
「私は二人の友人と、歩道を歩いていた。
太陽は沈みかかっていた。突然、空が血の赤色に変わった。」
横尾さんはテキストの中でムンクの赤を肉親の喀血の色だと言っています。
ムンクの言葉に戻ります。
「私は立ち止まり、酷い疲れを感じて、柵に寄り掛かった。
それは炎の舌と血とが、青黒いフィヨルドと町並みに被さるようであった。
友人は歩き続けたが、私はそこに立ち尽くしたまま不安に震え、おののいていた。
そして私は、自然を貫く果てしない叫びを聞いた。」
この《叫び》の中心に描かれている人物は自らが叫んでいるのではなく、
自然の叫びに対して耳を塞いでいるのだそうです。
その”自然を貫く果てしない叫び”とは一体どんな物なのでしょうか?
ここで「生命のフリーズ」についてのムンク本人の言葉を借ります。
「生命の芽-それは魂とも霊とも言える。-中略-
生命の霊はどうなるのだろうか。-何物も消滅しない。
自然の中にそのような例はひとつとしてない。
死んだ身体は消失しない。物質は分解され代謝する。
しかし生命の霊はどうなるのだ。どこに-それは誰にもいえない。」
僕はこの”霊”あるいは ”魂”という言葉に注目しました。
横尾さんもムンクの絵を「見る者の魂に直截的に語りかけてくる。」と言っています。
僕はこの魂という言葉を自然界にあてはめて考えてみました。
例えば、ある一適の水に魂が在ったと仮定します。
ある時は来る日も来る日も永遠とも思えるような時間、波となり岸辺に打ち続け、
そしてある時、水蒸気となって雲になり雨になり、川となってまた海に戻る。
それをこの星が滅ぶまで永遠とも思えるような時間、只々続けて行くのです。
そして星が滅んだ後には絶対零度の世界で凝固し、
未来永劫、宇宙を彷徨い続けるでしょう。
終わらない時間、
その中に人の魂が取り込まれたら叫ばざるを得ないのではないでしょうか?
そして ムンクが聞いた叫びも、まさにこのような物であったと僕には思えます。
エドヴァルド・ムンクは1944年、
ナチス・ドイツ占領下のノルウェーで亡くなりました、80歳でした。
死の一ヶ月前の誕生日の頃、ムンクはこう言ったといいます。
「こんなに長生きできるとは思わなかった」―と。
当初、僕は漠然と ムンクは早死にしたのだろうな、と思っていました。
それは「こんな絵が描けるのは狂人だけだ」―というムンク本人の言葉、
そして横尾さんが「ムンクの絵には不安と苦悩の他に狂気が加わる」
と仰っているように、その狂気が彼を蝕んだのではないかと思ったからです。
しかし40歳の頃に昔の恋人との間に発砲事件を起こし、
左手中指の関節の一部を失い、その後アルコール中毒になり
精神科医のもとで療養生活を送ったりしながらもムンクは生き続けました。
僕は、その理由を知りたいと思い始めていました。

《クレヨンをもつ自画像》1943
ムンクはその生涯に数多くの自画像を描いています。
晩年のムンクが描いた最後の自画像と云われている作品
《クレヨンを持つ自画像》に描かれたムンクは
確かにかなり弱々しく、そして気難しそうです。
しかし、僕には彼を取り巻く世界は少し優しいように見えます。
確かに社会は変わるでしょう、
しかし彼を取り巻く自然世界そのものは変わりえません。
それでもムンクにとって世界は少し優しいものになったのではないでしょうか?
そう考えるならば
《叫び》のどこかに“救い”が存在しているのではないか、と僕は考えました。
そして次第に、ここに描かれている橋に注目するようになりました。
確かに絵の中の人物は自然の叫びを聞き、あるいは共鳴して耳を塞いでいます。
そして 上半身は、その自然に呑み込まれるかのように、畝って描かれています。
しかし絵には描かれてはいませんが、
その下半身は橋の上にしっかりと立っているのではないでしょうか?
橋は人間社会の象徴であり、この絵の人物が自然に呑み込まれるのを
押しとどめる”最後の防壁”のような役目を果たしているのかもしれません。
僕には、この橋が”ムンクを支えた最後の心の楯”に思えてなりません。
参考文献:
横尾忠則(著)『名画感応術』光文社1997
ニック・スタング(著) 稲富正彦(訳) 『評伝エドワルド・ムンク』 筑摩書房1974
野村太郎(著) 『新潮美術文庫38 ムンク』 新潮社1974
三木宮彦(著) 『ムンクの時代』 東海大学出版会1992
スー・プリドー(著) 木下哲夫(訳) 『ムンク伝』 みすず書房2007
野村太郎(著) 『新潮美術文庫38 ムンク』 新潮社1974
三木宮彦(著) 『ムンクの時代』 東海大学出版会1992
スー・プリドー(著) 木下哲夫(訳) 『ムンク伝』 みすず書房2007
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