2次元の現前性 | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

 
イメージ 1
 

(時間的にも空間的にも撮影者が)

視点を限定するという一点において、

写真は極めて主観的である。


機械的に描写するという一点において、

写真は極めて客観的である。


写真には感情的な性質は付与されえない。

かくて(現実世界の何処にもない)

2次元の現前性が獲得されるのだ。


しかし・・・

意図的にブレさせた写真や色を動かした写真。

さらに加工した写真やコラージュした写真。

いつしか客観性のベールは剥がされた。


写真には時間の概念がない。

写真には光以外の感覚がない。

写真の客観性は剥奪されていく。


現実世界の何処にもない2次元の現前性。

それは、写真の中にしか存在しない。


「真」を写すものが写真ならば、

写真の中に真実は存在しないのだ。


主観と客観はどうしたって分離できない。

この世界に純粋な主観も純粋な客観も存在しないが、

(主観的/客観的であることを)

我々は相対的に選択することが出来る。