洗練された彫刻群は個性を強く感じさせる。
アウグストゥスは、ティベリウスは、こんな人だったんだろう。
現代でも、こういう感じの人って居そうだ。
『ポンペイ・レッド』と呼ばれる壁画の色はショッキングだ。
二千年の時を経たものだとは考えられないくらいに、確かに生々しい。
細部にまで趣向を凝らした装飾品などを見ていると、
僕らが普段暮らしている現代の合理的な精神を強く考えさせられる。
人が暮らしていた生々しい感覚。その感覚はB2展示室で覆させられた。
居住区の跡、楽園を描いた壁画。噴水。僕には理解出来なかった。
ここで人が暮らしていたとは、どうしても想像出来なかった。
未来の原風景Hashi展は、正直どうでも良かった。
言いたいことがはっきり伝わらない。雰囲気だけの展示会。
国立西洋美術館の新館リニューアルオープンで、
縮小展示されていた常設展が拡張されていた。
印象派以降の絵画などは新館に展示されていたが、
正直に言ってしまうと、新館は壁が白すぎて絵が見難い。
今回、常設展で一番惹かれたのがレーニの《ルクレティア》
常設展が縮小されていた時は、展示されていなかった作品。
「神のごとき天才」とゲーテが呼んだというように、
この美術館に並んでいる巨匠たちの中でも、ずば抜けて巧い。
ルクレティアの物語は悲劇なのだが、同時に壮絶な話でもある。
ここに描かれているルクレティアは、そうした壮絶さを微塵も感じさせない。
そこら辺に、20世紀に入ってレーニの評価が零落した原因があるのだろう。
半ば上気したような表情のルクレティア。だが肉感的な感じは受けない。
これがティツアーノならば、(主題と外れるが)より魅惑的に描いただろうし、
ルーベンスならば、グロテスクな程に官能的に描いただろう。
肌理の細かい白い肌。アングルの描く人形のような女性とも違う美しさ。
レーニは、女性にはほとんど興味が無かったらしい。
そのせいなのか、この絵にはほとんど性的な要素が感じられない。
近づいて見てみると、髪などが一本一本細かく描かれている訳ではない。
その代わり、見せ方が非常に良く考え抜かれているように感じる。
レーニというのは、絵が人にどう見られるかを良く知っていた人だろう。
手許にある短剣で、自らの命を絶つことになるルクレティア。
でも、どうだろう・・・この短剣、ただのオブジェのように見えはしないか。
彼らの絵の中に、現実とはかけ離れたものが描かれているとしても・・・
真実と自由が、彼らの目指した美とは程遠いものだったとしても・・・
それでも僕は・・・ラファエロやレーニが大好きだ。