ある政治家の背中 | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

 
 長かった夏の選挙戦が終わった。各メディアで予測されていた通りの結果だった。ボクは、見えない風のようなもので、雪崩をうつように一色に染まる傾向に危惧の念を抱き、自分の立場を表明することで、ささやかながらも、ボクなりに、その傾向に反対の意志を示した積もりだ。選挙の結果に関しては何も言うまい。色々と言いたいことや不安はあるけれど、国民が判断したことだ。今さら、ボクが、どうこう言うことでもないだろう。たった一つだけ、今回の選挙戦で印象に残った場面があった。その話を聞いて欲しい。
 
 ボクの選挙区選出の議員は、40代の若さで当選4回を誇る中堅議員だ。彼は2世どころか3世議員だが、世襲議員ではない。(親の地盤を丸ごと引き継いで議員になった訳ではないという意味。もちろん、彼が彼の名字によって恩恵を受けた部分は、とても大きいのだろうけど。)場合によっては他党よりも痛烈に自分の党の批判を繰り返す彼は、党の中ではアウトサイダーで、かつリベラル(党の中で一番と云って良いかも知れない)でもあり、ボクと政治的な見解が常に一致する訳ではない。それでも、ボクは、彼が非常に優秀な政治家だと思っていて、彼のメルマガも読んでいるし、いつかは総理大臣になって欲しいとさえ思っていた。彼のような政治家が自分の選挙区にいることは、とても誇りに思うし、幸せなことだとも感じていた。

 今回の選挙で彼の対抗馬になったのは、前回の衆院選で落選した新人の男だった。彼と同じ年で、非常に活動的な印象のあるその対立候補の男は、前の選挙に落選してからの4年間、毎日のように駅前や繁華街に幟を立て、自分の名前を連呼し、政権党の批判を繰り返して、知名度を上げていた。衆院選が正式公示される前のある日、ボクは選挙運動中の対立候補の男とすれ違った。男からは、オーデコロンの香りがツンとした。(そのことについて、とやかく言いたい訳ではない。政治家には身だしなみも大事であろうし、選挙運動中には大量に汗をかくために、体臭などで不快感を与えたくないというのもあるだろう。でも、ボクには何となく違和感があった、それだけのこと。)

 対立候補の陣営は、選挙の序盤戦、「ムダ遣いをなくす」というスローガンで戦っていた。しかし、そのスローガンは相手に塩を送るようなものだった。なぜならば、彼こそは、党の無駄遣い撲滅プロジェクトチームを主導して、この1年間、実績を上げてきた人間だったからだ。選挙戦術もあっただろう、彼の陣営は、プロジェクトの報告会を行うと触れて回った。選挙戦術の誤りに気づいた対立候補の陣営は、それ以降、ムダ遣いの文字を封印し、政権交代一筋で選挙戦を戦っていくことになる。

 圧倒的な逆風は、無風区だと思われたボクの選挙区も襲い、序盤に優勢を伝えられていた現職の彼も、日に日に形勢は悪くなっていった。「もしかしたら負けるかも知れない」そんな印象を抱いていた選挙前の金曜日、夕刻の繁華街で彼の姿を見かけた。幟も立てていない。周りにも運動員は1人もいない。彼は1人のおばあさんと話し込んでいた。何もなかったら気づかなかったかも知れないけれど、体にかけた襷だけが、彼の存在を示していた。彼を取り巻く逆風は厳しく、周りの人は知らん顔をして通り過ぎる。彼は、腰をかがめて、おばあさんの話をじっと聞いていた。
 
 それは選挙戦術なのかも知れない。たまたま、その場面にボクが通りかかっただけなのかも知れない。それでも、選挙に負けるかも知れない状況の中、そこには2人だけの空間があった。話を聞いてもらいたい人間と、じっくりと話を聞く人間。そこには、選挙も政治もなかった。そこには、政策もマニフェストもなかった。そこには、保守もリベラルもなかった。選挙戦術と云うのには、その光景は、あまりにも自然に背景に溶け込んでいた。その後ろ姿を見た時、ボクは「この人は負けちゃいけない」そう思った。単純かも知れないけど、ボクは、彼に、彼という政治家の背中に、惚れ込んだんだ。

 小雨の降る投票日の午後、空は半分晴れて半分曇っていた。良いことと悪いことが同時に起こるような、そんな気がした。午後8時開票。いつもなら真っ先に当選確実がつく彼の情報が来ない。「やはり相当競っているんだろうな」じりじりしながら選挙特番を見ていた。遠くスペインの地で中村俊輔がデビューを飾ったころ、ようやく彼の小選挙区当選確実の情報が届いた。対立候補の男は、比例区での当選をいちはやく決めていた。2009年8月の長かった夏が終わった。

 

*今回の記事では、個人名や政党名を伏せて書かせて頂きました。それは、彼や彼の政党の得票や支持者を増やすことが目的なのではなく、「日本には、こういう政治家もいるんだよ」ということを知って頂きたかったからです。