聖母マリア像の変遷にみる絵画史-ゴシック美術編1-
第5章、ゴシック美術
中世の終結点となるゴシック美術は、12世紀初頭に、フランス、パリ郊外にあるサン・ドニ修道院(現大聖堂)*1で誕生しました。それは、当時の修道院長シュジェール*2によって演出されたものでした。前時代のロマネスクが地方の修道院の美術だったのに対し、ゴシックは都市の大聖堂の美術でした。天高く聳えるゴシックの大聖堂に見られるような反古典的な比例関係は、ゴシックに固有の美を示しています。
中世の終結点となるゴシック美術は、12世紀初頭に、フランス、パリ郊外にあるサン・ドニ修道院(現大聖堂)*1で誕生しました。それは、当時の修道院長シュジェール*2によって演出されたものでした。前時代のロマネスクが地方の修道院の美術だったのに対し、ゴシックは都市の大聖堂の美術でした。天高く聳えるゴシックの大聖堂に見られるような反古典的な比例関係は、ゴシックに固有の美を示しています。
《美しきガラス絵の聖母》部分
ステンドグラス、12世紀中頃
ノートル・ダム大聖堂、シャルトル

第5章1:ステンドグラス
ゴシック建築を特徴づけるリブ・ヴォールト*3は、ゴシック建築の壁面を天井の重さから解放し、それによって窓を広く取ることが可能になりました。ゴシックを光の美術としたものは、まさに、広く取られた、その窓だったのです。ロマネスクの平面性から物質を取り戻し、物質を通して真実に到達しようとするシュジェールの光の美学が、ここには見られます。「物質世界の光を通して、神の愛のより深い理解に到達する」と言明したシュジェールにとって、美と光はイコールのものでした。光り輝く宝石を想起させるステンドグラスこそは、その美学を実現させるものでした。シュジェールによってフランス全土から集められ、サン・ドニ修道院のステンドグラスを制作したグループは、後にシャルトルのノートル・ダム大聖堂*4でも仕事をしました。掲載した《美しきガラス絵の聖母》は、その一部です。光、そして威厳と慈愛。
ステンドグラス、12世紀中頃
ノートル・ダム大聖堂、シャルトル

第5章1:ステンドグラス
ゴシック建築を特徴づけるリブ・ヴォールト*3は、ゴシック建築の壁面を天井の重さから解放し、それによって窓を広く取ることが可能になりました。ゴシックを光の美術としたものは、まさに、広く取られた、その窓だったのです。ロマネスクの平面性から物質を取り戻し、物質を通して真実に到達しようとするシュジェールの光の美学が、ここには見られます。「物質世界の光を通して、神の愛のより深い理解に到達する」と言明したシュジェールにとって、美と光はイコールのものでした。光り輝く宝石を想起させるステンドグラスこそは、その美学を実現させるものでした。シュジェールによってフランス全土から集められ、サン・ドニ修道院のステンドグラスを制作したグループは、後にシャルトルのノートル・ダム大聖堂*4でも仕事をしました。掲載した《美しきガラス絵の聖母》は、その一部です。光、そして威厳と慈愛。
《キリストの生誕》
ステンドグラス、1315頃
旧修道院聖堂、ケーニヒスフェルデン

未だ貴重だった写本が、限られた個人の為の芸術だったのに対し、広大な大聖堂の内部を飾るガラス絵は、民衆の為の芸術でした。文字の読めない民衆の為の聖書として、物語風の描写が為されていることもゴシック期のガラス絵の特徴です。ここに掲載した14世紀のガラス絵は極めて優雅な宮廷風のものですが、この時代のガラス絵の中でも、特に優れた作品だと思います。洗練された色使い、背景に奥行きは感じられませんが、聖母が腰掛けるゆるやかな布地は、聖母の衣装と一体となって空間を演出しています。お互いを見つめ合い、どこか人間味を感じさせる聖母子像です。
ステンドグラス、1315頃
旧修道院聖堂、ケーニヒスフェルデン

未だ貴重だった写本が、限られた個人の為の芸術だったのに対し、広大な大聖堂の内部を飾るガラス絵は、民衆の為の芸術でした。文字の読めない民衆の為の聖書として、物語風の描写が為されていることもゴシック期のガラス絵の特徴です。ここに掲載した14世紀のガラス絵は極めて優雅な宮廷風のものですが、この時代のガラス絵の中でも、特に優れた作品だと思います。洗練された色使い、背景に奥行きは感じられませんが、聖母が腰掛けるゆるやかな布地は、聖母の衣装と一体となって空間を演出しています。お互いを見つめ合い、どこか人間味を感じさせる聖母子像です。
脚注
*1サン・ドニ修道院(大聖堂):フランス王家の墓所として、特に重要視されてきた修道院であり、カロリング朝ルネサンスやゴシック建築/美術の発信地でした。フランス王家の墓所だった為に、フランス革命時には建物が破壊されました。
*2シュジェール(1081ー1151):サン・ドニ修道院長(1122ー1151)、フランス王ルイ6世および7世の政治顧問。ルイ6世の学友であった彼は、フランス王の側近として、重きをなしました。
*3リブ・ヴォールト(肋骨穹窿):ヴォールトはアーチを基本にした曲面天井の総称。リブ・ヴォールトは交差ヴォールトの稜線部を肋骨状の太いアーチによって補強したもの。
*4シャルトルのノートル・ダム大聖堂:シャルトル大聖堂とも呼ばれる。現在の聖堂は、1194年の火災の後に再建されたものですが、《美しきガラス絵の聖母》など一部の作品は火災を免れました。
*1サン・ドニ修道院(大聖堂):フランス王家の墓所として、特に重要視されてきた修道院であり、カロリング朝ルネサンスやゴシック建築/美術の発信地でした。フランス王家の墓所だった為に、フランス革命時には建物が破壊されました。
*2シュジェール(1081ー1151):サン・ドニ修道院長(1122ー1151)、フランス王ルイ6世および7世の政治顧問。ルイ6世の学友であった彼は、フランス王の側近として、重きをなしました。
*3リブ・ヴォールト(肋骨穹窿):ヴォールトはアーチを基本にした曲面天井の総称。リブ・ヴォールトは交差ヴォールトの稜線部を肋骨状の太いアーチによって補強したもの。
*4シャルトルのノートル・ダム大聖堂:シャルトル大聖堂とも呼ばれる。現在の聖堂は、1194年の火災の後に再建されたものですが、《美しきガラス絵の聖母》など一部の作品は火災を免れました。
参考文献
・ロベルト・ズッカーレ/マティアス・ヴェニガー/マンフレット・ヴントラム 著『ゴシック』TASCHEN、2007
・馬杉宗夫 著『ゴシック美術 サン・ドニからの旅立ち』八坂書房、2003
・フローレンス・ドイヒラー 著、勝國興 訳『西洋美術全史7 ゴシック美術』グラフィック社、1979
・千足伸行 監修『新西洋美術史』西村書店、1999
・『ブリタニカ国際大百科事典』 Britannica Japan、2007
・ロベルト・ズッカーレ/マティアス・ヴェニガー/マンフレット・ヴントラム 著『ゴシック』TASCHEN、2007
・馬杉宗夫 著『ゴシック美術 サン・ドニからの旅立ち』八坂書房、2003
・フローレンス・ドイヒラー 著、勝國興 訳『西洋美術全史7 ゴシック美術』グラフィック社、1979
・千足伸行 監修『新西洋美術史』西村書店、1999
・『ブリタニカ国際大百科事典』 Britannica Japan、2007