相対性 | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

 
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 アインシュタイン以来、主体自身にとっての『今』という概念は、究極的に排他的な概念となった。それは、まさに主体と一対一で対応するものであり、ここにおいて『今』は誰とも共有できないものになった。
 しかし、そもそも主体とは、そのように時の先端に一点として存在しているものなのだろうか?
 脳内の神経パルスが意識の実体だとして、それは一種の『場』(field)のようなものを形成しているとは言えないだろうか。もしそうならば、それは主体が時の先端の一点から僅かに延伸していることを示しているかも知れない。そして、その僅かな延伸こそが、主体と他者とを結びつけ、主体の孤独を救っているかも知れないのだ。



アインシュタイン以来~:「相対性理論においては同時刻とはあくまで相対的なものであり」-wiki-

主体:何らかの性質・状態・作用などを保持する当のもの。-大辞林-

概念:ある事物の概括的な意味内容。-大辞林-

パルス:非常に短い時間の間だけ変化する電流や電波。周期的に繰り返すものと、一回だけ孤立して生ずるものとがある。-大辞林-

意識:思考・感覚・感情・意志などを含む広く精神的・心的なものの総体。-大辞林-

場:心各部分が相互につながりをもった全体構造として動物や人間に作用し、その知覚や行動の仕方・様式などを規定している力として考えられた状況。(ゲシュタルト心理学)-大辞林-

延伸:時間や距離などをのばすこと。-大辞林-