クロード・モネ論 | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

 
Claude Monet
《Meule, Soleil Couchant》 1891
イメージ 1

Oil on Canvas, 73.3 x 92.6 cm
Museum of Fine Arts, Boston



序論
 一口に印象派と言っても、個々の画家の特徴は様々である。人物を好んで描いたルノワール、穏やかな風景画を描いたシスレー、温厚な性格で率直に新しい画法を取り入れていったピサロ、そんな中で「*①モネは印象主義の理念に首尾一貫して忠実であった唯一の人物である。」モネの絵は後期になるほど印象主義の理念に対して先鋭化していき、やがて移りゆく光の印象を捉える為、連作という方式を採るようになる。抽象絵画の創始者とされるカンディンスキーに「*②初めて私は「絵」を見た。」と言わしめた程、決定的な印象を与えた《積みわら》等である。
 モネの真の偉大さは、印象派を生み出すことに主導的な役割を果たしながら、自身は其処に留まることなく印象主義の理念を追求した結果、遂には単純な印象派という枠組みすら突き抜けてしまったことであろう。その事は印象主義の概念を拡散させ、その射程を引き伸ばした。すなわち「*③印象主義は近代美術の歴史のなかにおける最も重要な一段階として、将来にわたって存在し続けるだろう。」ということに貢献したのである。

第一章
 「*④モネはよく、盲目に生まれ、突然一瞬にして目が見えるようになり、目の前のものがそもそも何であるのかを知らないで描き始めるときのことを想像した。モネは、モチーフに注がれた最初の鮮明な視線こそが、嘘偽りのないものであるとする。この視線は、まだ想像や先入観で雲っていないからである。」
 この考え方は、奇しくもモネが没した1926年に波動力学を提唱し、量子力学の確立に貢献した物理学者シュレーディンガーの以下の言葉を思い起こさせる。「*⑤私たちの感覚や知覚は、一連の事象がたびたび同様にくり返されるならば、徐々に意識の領域から消えていくのです。」「*⑥精神は、自然哲学者の言う客観的な外的世界を、すべて自分自身の素材で造りあげたのです。」 つまり我々の知覚は経験を通じて、物体にラベルを貼り、必要に応じてそれを頭の中で並べているのである。経験の上では春の木葉は緑で、晴れた昼の空は青い。そして物体も同様に、それが霞んで見えようが経験によって判断した上で、ラベルを取り出しその形状を決定しているのである。これが先入観である。モネが描こうとしたのは、この先入観に汚されていない世界である。つまり霞んだ物は霞んだ物でそれが木であるか何であるかはモネには関係がない。
 モネのこの態度はこの時代の哲学的背景による影響もあるかもしれない。ショーペンハウアーはカントの哲学を要約して「*⑦われわれの認識は時間、空間、因果性という形式に制約されているのであるから、経験全体もやはり現象の認識にとどまり、物自体の認識にはならない。」と述べているが、この人間は物自体を認識することは出来ないという考えは、モネの絵画において一層顕著である。《印象、日の出》の背景に黒く描かれている物体は、それが木であるか人工物であるか判断できない、事物を融解させるモネの手法と相まって、それが絵であるが故に、安易にラベルを貼り、それを認識した気にさせることを許さないのだ。
 ショーペンハウアーはこうも言っている。「*⑧芸術家の目的は芸術の対象を描写することであり、したがって芸術の対象をまずもって認識することが、作品よりも先に萌芽として、起源として先だたなければならないが-この、(認識してそれから描写する)芸術の対象とは、プラトンの言うイデアであり、まったくそれ以外のなにものでもない」「*⑨イデアは直接に自然や現実から出てわれわれに歩み寄ってくるよりも、芸術作品から出てわれわれに歩み寄ってくる方がはるかに容易である。そのわけは、芸術家はイデアのみを認識して、もはや現実を認識することはなく、その作品においても、芸術家はやはりイデアのみを純粋に再現し、イデアを現実から選り分けて、邪魔になるいろいろな偶然事をすでに省いてしまっているからである。」ここで言及されているイデアとは物自体とほぼ同義である。モネは光を通して物自体であるイデアを描き出した。
 モネの友人であった小説家モーパッサンはモネの製作の様子をこう記している。「*⑩実際、彼は画家というより、狩人だった。五~六枚のカンヴァスは、同じモチーフについて、さまざまな時間の異なった光の効果を描きとめるためである。天候が変化するにしたがって、彼はそれらのカンヴァスを順次取り上げるのだった」
 モネのこの方法は今日物理学者が物体に対し採る方法と似ている。物自体を直接認識することは出来ない、という考え方は量子力学における不確定性原理であり、今日の物理学の基礎となる考え方である。不確定性原理の前で物理学者は量子の統計値をとり、その物自体の状態に対する確率分布=近似値を探る。観測方法を光に限定し、それが物自体に与える様々な影響を観測したモネは直観的に最も優れた観察者であった。補足の為に再びショーペンハウアーを引用すると、光について以下のように述べている。「*⑪光に寄せる喜びは、事実上、もっとも汚れのない、もっとも完璧をきわめた直観的な認識方法の、客観的な可能性に寄せる喜びにほかならない」「*⑫人間が知っているのはいつもただ太陽を見る眼にすぎず、大地を感じる手にすぎない」-以上のことを念頭に置くならばセザンヌが「*⑬彼は眼である。しかし、なんという眼だろう!」と評したモネの眼の真価も一層輝きを増すようである。

第二章
 モネは友人クレマンソーに対し以下のように語り、哲学的な手法を否定し、「*⑭あなたは世界それ自体を哲学的に窮めようとなさるが、私の場合は、最大限の外見に努力を傾注するだけです。しかしそれが、知られざる現実と密接な相互関係を結んでいるのです。」さらに1891年には「*⑮私はつねに、理論を嫌悪してきました・・・・・・。私の唯一の価値は、自然から直接描くことであり、最も一時的な効果の前で、自分の印象を伝えようとすることです。」と語り、理論的な方法も否定している。
 しかし哲学者ショーペンハウアーの以下の言葉を考え、「*⑯自然や人生から直接に汲み出された純正な作品のみが、自然や人生そのものと同様に、永遠に若く、つねに根源的な力をそなえているのである。」さらに物理学者シュレーディンガーが理論と感覚について記した以下の言葉、「*⑰観察されたことがらは、常に感覚的な性質に依存しているものですから、理論はこのような感覚的性質を説明してくれると安易に考えてしまうのです。しかしながら、理論は決して感覚的性質を説明するものではありません。」
 これらの言葉を考える時に、哲学も理論も否定していたモネが、偉大な哲学者や物理学者と同じ考え方を持っていたことは興味深いが、モネが今日尚世界をリードする理論を打ち立てた物理学者と同様の物の捉え方を身に着けていたことで、印象主義の射程は今日まで延びるのである。即ちシュレーディンガーが波動力学によって20世紀の予言者になったのと同様に、モネもまたその作品によって20世紀の予言者となったのである。




Claude Monet
《Impression, Soleil levant》 1873
イメージ 2

Oil on Canvas, 48 x 63 cm
Musee Marmottan, Paris


用語補足

*印象主義/印象派(Impressionnisme/Impressionnistes)
19世紀後半のフランスに発した、美術及び芸術の一大運動。およびその中核を担ったグループ。

*抽象絵画(Abstract art)
具体的な対象をかきうつすということのない絵画。

*波動力学(wave mechanics)
シュレーディンガー方程式によって記述される電子の運動力学。

*量子力学(Quantum mechanics)
相対性理論と並行する現代物理学の理論体系。基本粒子のレベルで諸現象を統制する。

*物自体(noumenon)
カント哲学の中心概念。経験を生み出すが、認識できず、存在するにあたって主観に依存しない。

*イデア(Idea)
哲学者プラトンが提唱した、個別の事物の背後に実在する本質。

*不確定性原理(Uncertainty principle)
粒子の位置と運動量は同時に両方を正確に測定することができないとする理論。