福岡にいた時の自分のことを思い起こしてみました。


自分の興味の赴くままにイベントをよく企画していたなぁ、と。

その時は、それで精一杯で、楽しくって、

したいことをしていたのだと思います。

今振り返って、それが悪かったとは全く想いません。

その時は、それがしたかったのだから。


でも今思えば、

あたしは横へ横へと広がろうとしていただけで、

海で例えるならば

波の上をただ撫でていたけのような気がします。

海には潜らずに、ただ、撫でているだけ。


自分の外に答えを求めていたような気もします。

内とのおしゃべりではなく、

外とのおしゃべり。


本当は、その両方。


撫でることも、

潜ることも、

両方素敵で、どちらもよさがあるはず。


そんな日々をもう一度リセットして、

新しい土地に行って

1から、初めて、

どれだけの人と関わって、

どのようにしてその土地に関わっていけるのか、

どこまで繋がっていけるのか。

そんなことをあたしは試したかったんだよなぁと思います。


そして、今、この土地にいて

横へ、横へ、

ばかりではなくって、

どれだけ自分を深めていけるのか、

自分の興味のあることをどこまで追求していけるのか、

学んで自分の一部としていけるのか。

こんなことを考えるようになってきました。


今まで、中途半端にしてきたことを

これからは

ひとつ、ひとつ、

また始めていきたいです。


そうして、

また外に行ったり、

内にこもったり。


外とのおしゃべり。

内とのおしゃべり。


内とのおしゃべりを富士山はさせてくれます。

富士山を見ていると自分を見せてくれているようなのです。


富士山は毎日違うように見えます。

でもそれは、そう見えるているだけ。

ずっと、そこにいて、おんなじなのです。


あたしも、きっと、そうであるように。


キラキラ。

富士山虹