「レオナルド・ダ・ヴィンチー美の理想」をbunkamuraに見に行った。今月はよく美術館に行っている。



ダ・ヴィンチの絵を生で見るのは、初めてかもしれない。世界史の教科書ではよく見たけれど。




500年も前に描かれた絵画が目の前にある。

その事実にまず、感動する。


500年間、この絵はいろんな人を見てきて、そしていろんな人の手から手へ旅して、今この場所に来たんだ。


ダ・ヴィンチは、やはり、ずば抜けた才能と努力と運がある人なんだと感じる。




彼が布のドレープをスケッチしたものを一度見れば、彼がどんなにプロかわかります。



しかし、彼が描いたモナ・リザやほつれ髪の女のモデルになった人がうらやましい。

どんな人物だったのか、ものすごく会いたい。


作者の魂に触れる何かを持っていたんだろうね。彼の衝動を起こさせる何かを。

彼女たちは、絵の中でこの世を永遠に生き続けるんだ。




役者は、著者の頭の中を旅する。彼らの精神に息を吹き込む。眠らせないように。


この絵画を修復した人も、私たち役者と同じかもしれないな。





日本は戦後ごっそり街を変えてしまった。

だから、日本人の旅路跡がほとんど残っていない。


アイデンティティを確かめられるものがない。

「日本人の精神は今でも息づいている。」という人がいる。たしかに、皆無だとは思わないが


「いつまでも」とは、言い切れる人はいないだろう。









私たちはこれからどこへ行く。それを見失わないために

私は演劇をやっているのかもしれない。


渋谷の音のなかで、自分の音を確かめようと必死に耳を澄ました。






今年はやりたいこと、ぜんぶやってやろう。



それが今年の目標だな。





今日は久し振りに親友と御飯に行った。


いろんな欲がうごめく都会で


彼女は、新鮮な空気のようで


乾いた砂漠に生まれたオアシスのようで




会うと自分に張り付いたシガラミがリセットされて


いろんなものを、シンプルにしてくれる。




そして、根底に流れてるものを共有できる。


奥にあるスイッチを知っている。




良い友を持った。


一生のご縁だな。





それだけで、今日を生きる価値がある。


今日はほんとうに、いろんなものをもらったな。



















岸本 理沙の『駆け出した、りさピ日記。』







しずかだ。
















町が眠り、すべての音が眠り、





世界はよりおおきく


宇宙は果てしなく果てなくなるこの時間。







はじまりも終わりも


知らないけれど




たしかにはじまって



いつかは終わっていく。






今日は終わり、あしたが始まる。





その隙間に、いま、身をおとして



その音なき音を聞きながら







ふわふわと、漂う、どこまでも。






どこまでも。