つい先日の西日本を襲った豪雨。
私の実家も、道路が膝あたりまでの水かさになったそうです。
夜中の2時に自治会召集で父が出かけていったり、
車で10分ほどのところに住む親戚の家は、一階の家の中まで浸水したりして。母が今日お見舞いに行っています。
こんなことは今までなかったです。
しかも今離れて暮らしているので余計に心配だし、怖いと、思いました。
改めて東北震災での被害や津波のことを考えました。
メディアで取り上げられ報道されるのは
ほんのほんの一部でしかないので
東北の方々のこころのなかや気持ち
そのことに思いをはせると、とてつもなく大きすぎる。
震災が起こった時私は大阪にいました。
ちょうどその時地下鉄に乗っていて、そのあとデパートに寄った時
少し揺れて、店員さんが「さっきもちょっと揺れたんだよ。」と教えてくれました。
その日帰宅してからは、まず東京の映像がひっきりなしに流れていました。
合間に東北の被害の状況が伝えられる。
東京に住んでいる同期や先輩の状況がメルマガやmixiで伝えられて、とにかく無事で家に帰れるようにと祈っていました。
私自身、12日のバスで上京する予定を以前から立てており
運行する夜行に乗り、13日東京に到着。
この地震で私の一番印象に残ったこと。
それは、小さな日本狭き日本といえど
地域・地方の繋がりが希薄ではないか、と感じたことです。
たしかに今回の地震は東北地方という限られた地域に大きな被害が集中しました。
そのことに対しての
気持ちの上での≪繋がり≫、
同じ国に住んでいる人間としての、相手を想う気持ちの持ち様というか、
そうゆうものに、ちょっとした違和感を感じてしまった。
被害のあった地域と合わなかった地域で
温度差が生じるのは必然的なことかもしれないし、
日本全体が落胆してしまうのも良くないとは思いますが
でももう少しなにか
想いの持ち様みたいな。
あるんじゃないのかなと、思ったのです。
ただ節電節電と言うんじゃなくて
ただ募金募金と叫ぶんじゃなくて
その前に生まれるべきものが、なによりも大事なのであって
それあっての節電であり、募金である。
行動の前に起こるもの、
何を想ってだからこうするんだ、ということが
そのことについて一番考えさせられています。