病気になったりすると、神頼みというのはよくあります。私自信は、ちゃんとした信仰や宗教を持っている訳ではありませんが、病気になった時は、なにかすがりたい気持ちになりました。そういうときは、ちゃんとした宗教を持っている事は大事なのだと感じました。
とはいうものの、この歳になってなかなか、そういう訳にいきません。ただ、日本人の大部分がそうであると思うのですが、八百万の神を信じるというか、信仰心は無い訳ではありません。神社やお地蔵さん前を通れば、手を合わせたり、お賽銭を出したりします。
キリスト教等では、神が試練を与えているというような考え方があるようです。で、なにか災いが降り掛かったとき、そう考えられれば良いのですが、大抵は、「なんでわたしが」という気持ちでしょう。特に、襟を正して生きてきたというような自負があると特にそう感じるような気がします。そういう意味で、そういう感情を乗り越えられる宗教というのは大きいと思います。しかし子供の頃から日曜は教会みたいな生活をしないとなかな難しいでしょうね。(それと宗教とは言えないんでしょうが人の弱みに付け込むような輩の集団の話もよくNewsで聞いたりもしますしね。)
とは言うものの、がんなどにかかるとそのときになんとか自分の気持ちに整理をつけていかなければなりません。では、私の場合はどう考えたのかというと、簡単に言うと「そういう確率にあたっているだな」という感じです。自然界にはいろいろな事象が存在するのだと思いますが、その事象と自分の関わりを感じて運がいいとか、悪いとか考えるのだと思います。その事象自体には何の意味もありません。それに意味を持たせているのは自分自身です。まあ、単純に言うと「ものは考えよう」ということなんでしょう。その辺の自分との折り合いの付け方はまた機会に書いてみたいと思います。