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『人間失格 太宰治と3人の女たち』(2019)は、太宰治の晩年を、彼を取り巻く三人の女性――正妻・美知子、恋人・太田静子、そして愛人・山崎富栄の視点を交えながら描いた作品です。
太宰の代表作『人間失格』が生まれるまでの過程と、破滅的で自己中心的でありながら、なぜか人を惹きつけてしまう太宰という人物像が、現実的で生々しく描かれています。

文豪としての太宰ではなく、
夫であり、父であり、恋人であり、どうしようもない男としての太宰。
その姿を、女性たちの「愛してしまった側」の目線から見せる映画です。


 

私は小学生の頃、周囲で『文豪ストレイドッグス』が流行った影響で、文豪の小説を読むようになりました。


最初に読んだのは、たしか『人間失格』だったと思います。それから二十歳になるまで、何度も読み返してきました。

 

だからこの映画は、「初めて触れる人間失格」ではなく、
ずっと知っているはずの物語を、別の角度から見せられる感覚でした。

 

印象的だったのは、「人間失格を書いてください」と言われる場面です。
神輿のリズムが重なっていき、音が増幅していく演出は、
太宰の頭の中が限界まで追い込まれていく様子をそのまま見ているようで、息苦しくなりました。

 

子どもと風車の幻覚のシーンも、怖さと惹きつけられる感じが同時にありました。
風車を持った子どもたちが増殖していく映像は、
太宰にとっての「無垢」や「無邪気さ」が、もはや恐怖に変わってしまっているようにも見えました。

 

不倫現場を妻子に見られる場面や、
「お母さん、もうダメかも……」と呟くシーンも強く残っています。


言葉を理解できる姉は寝ていて、
意味を完全には理解できない弟と赤ちゃんだけが起きている配置が、とても残酷でした。

 

弟に太宰との馴れ初めを話す母親はつらそうなのに、
子どもはケラケラ笑っていて、その温度差が現実的で、印象に残っています。
結局、彼女も太宰に魅了されてしまった一人なのだと思いました。

 

 

個人的に納得がいかなかったのは、
太宰が原因なのに、医者に怒られるのが妻である場面です。


この映画は、太宰だけでなく、
「なぜ女性側が責任を負わされるのか」という構造も、はっきり映しています。

 

子どもたちが外で遊ぶのを眺めながら、
愚痴を言いながらその愚痴を文章として書き起こす場面では、太宰が子どもと鶏を同一視しているようにも感じました。


無邪気さを、どこか突き放した目で見ているような視線がありました。

母親と子ども二人が全力で遊ぶ場面も切なかったです。
最初は戸惑っていた姉が、母親が一緒に遊ぶことで、はしゃいでいいと理解し
「ちゃんと子どもに戻れる」瞬間が描かれていて、救われる気持ちになりました。

 

太宰が、
「なんだこの虫」のくだりで奥さんを起こそうとした時最後まで出てこなかったのに、
結局は体調を心配して出てきてしまうところも印象的でした。
泣いて終わるのではなく、心配してしまう。


そこに、離れられない関係性がすべて詰まっている気がします。

この映画を見て改めて思ったのは、
太宰は自分を「人間失格」だと書いたけれど、
周囲の人間の人生まで、容赦なく巻き込んでいたということです。

それでも人は惹かれてしまう。
だからこそ、この物語は今も読み継がれて、映像化され続けるのだと思いました。