ここに「ホロコーストのフランス」と題された本がある。著者は渡辺和行、フランス近現代史が専門。たまたま、蔦屋で借りた「奇跡の教室」という映画で、フランスが、自国が関わったホロコーストをどう受け止めているかを、ショア記念館の存在や、高校生対象のホロコーストの子供達を扱う歴史研究のコンクールなどがあることで知り、もっと詳しく知りたいと、読み始めた本である。映画自体は、イスラムの移民の子供達を登場させることで、当時のフランスにおけるユダヤ人とダブらせ現代の問題としても扱おうとの意図もあったのだろう。

   さて、この本も映画の話から始まる。ルイ・マルの「さようなら子供たち」と「ルシアンの青春」である。「さようなら子供たち」は当時ヌーベルバーグの巨匠が久しぶりに作った映画と期待して見にいった映画だった。 フランスのカトリックの中学校でかくまわれていたユダヤ人の同級生が密告され連行されるまでを淡々と描いた作品だったので、「死刑台のエレベーター」を作った監督の映画としては、ちょっと意外に思ったのを覚えている。美しい映像だった。また、監督の子供時代の思い出とも語られていた。1985年、「ショア」の上映などが、この映画を作らせたのかもしれない。1987年、アメリカから帰ってきたルイ・マル最初の作品だった。この映画がどういう意味を持つのか当時はもう一つ理解が出来ていなかった。単なる第二次世界大戦中の悲劇という以上に、フランスがナチに加担したということだったのだ。

   大戦中イギリスに亡命しラジオ放送でフランスに向けて、レジスタンスを呼びかけたド・ゴール将軍の存在は、戦後、レジスタンス神話を生んだ。ヴィシー政府が、フランスのユダヤ人たちを収容所に送り込んでいたにもかかわらずにである。人々は戦争中の悲惨な出来事、自分たちが無縁ではなかった悲劇を直視することができなかった。レジスタンスか対独協力か、それは周囲の状況が左右することが「ルシアンの青春」に描かれていると著者は言う。   

  1942年,パリで13000人のユダヤ人が一斉検挙されたヴェル・ディブ事件を扱った映画「黄色い星の子供たち」はフランス政府がホロコーストに加担したことを認めたことを受けての作品だったように思う。映画の中で、列車に乗らずに済んだ少年も出てくるのだが、その時収容所から国外へ送られた子供達は帰ってこなかった。そうした子供たちの写真が一面に貼られているショア記念館の部屋が「奇跡の教室」で映し出される。(続く)