「しっ。」秀雄は急ごうとしている、

航太を手で制した。



「大丈夫だよ、気にしすぎ。」

そんな秀雄に、航太は小声で言った。



「お前が言うなよ。怒られるのは俺なんだから。」

秀雄はむっとした顔で言った。



甲子園が始まろうとしているとき、

秀雄と航太は車の免許を取得した。



秀雄は親に内緒で免許を取得していた。



免許取り立てのふたりは、

当然のことながら、

車を運転したくてしょうがなかった。



そこで秀雄の親の車をターゲットにし、

いま、持ち出そうとしていたのだった。



秀雄は親に見つからぬよう、

車の鍵を持ち出していた。



秀雄の親は普段は仕事で、

車は使わない。



そんなこともあり、

鍵はすぐ手にすることができた。



ただ、どうしても持ち出すには、

親に気づかれたくはなかった。



その為、両親が寝静まるのを待つことにしたのだった。



「よし。」

灯りが落ちて物音がしないことを確認した秀雄は、

車のロックを解除した。



ふたりは静かにドアを開け、

物音を立てぬよう乗り込んだ。



秀雄はゆっくりと、

エンジンを始動し、

そそくさと車を走らせた。



一つ目の角を曲がり、

大きく息を吐いた。



手は汗でベトベトになっていた。



初めての運転で、

緊張から汗が出っぱなしだった。



「どこ行く?」航太はそんな秀雄にお構いなしに、

訪ねた。



「とりあえず、海だろ。」

緊張で、進行方向を一生懸命に見ながら、

秀雄は答えた。



「じゃ。」そう言うと、

航太はナビを操作し、

自分の行きたい海にセットした。



「どこにしたんだよ?」

「指示通りに走ればいいんだよ。」

「教えろよ。」

「わからないほうが面白いじゃん。」

「いいよ。運転変わらん。」

秀雄はむっとして答えると、

アクセルを踏んだ。



航太は、その加速により、

シートに押し付けられたこともあり、

言葉を返すことができなかった。



夜中の道は車も少なく、

滑るように進んでいった。



航太は窓を全開にした。

勢いよく風が室内に流れ込んできた。



秀雄の髪型が乱れた。



英雄も窓を全開にした。



今度は航太の髪が大きく風に煽られた。



航太が何かを叫んだ。



しかし、風が強く吹き込んだこともあり、

何を言っているのかわからなかった。



秀雄も同じように叫んだ。



航太も秀雄同様に、

何を言っているのか聞き取ることができなかった。



再び、航太と秀雄は叫んだ。



何を言っているか分からなかった。





信号が赤に変わり、

車に静けさがおとづれた。



ふたりは顔を見合わせた。



「馬鹿じゃねえの。」

ともに、同じ言葉を発した。



二人共、黙り込んだ。



お互い、笑いたいのをこらえていた。



秀雄が口を開いた。

「次、コンビニがあったら止めるわ。」

「ああ。」

「で、交代な。」

「お、おう。」

期待はしていたが、思ったより早い交代に、

航太は焦った。



そこからしばし、

何も語ることはなかった。



秀雄は大手コンビニチェーン店の駐車場に、

車を横付けた。



航太は緊張が高まってきた。



秀雄は後から店を出てきた航太に、

キーを投げた。



航太は無言で受け取った。



ドアを明け、

ゆったりとシートに腰を沈めた。



静かに、エンジンが始動した。



航太は大きく息を吐いた。



そしてアクセルを踏んだ。



車は、航太の踏み込みに的確に反応し、

勢いよく発信した。



ただ、少し踏み過ぎた。



ホイールは空回りし、

悲鳴を上げた。



警戒はしていたものの、

秀雄はシートに押し付けられ、

シートベルトにより、

押さえ込まれた。



「おい!」

秀雄は焦って航太に怒鳴った。



しかし、航太にはそんあつ込に答える余裕はなかった。



ただ、車のレスポンスにとらわれていた。



気分はF1を操っているかのようだった。



航太は、ちらっと秀雄を見た。



そしてもう一度、

あらためて大きくアクセルを踏み込んだ。



深夜に、軽く回るエンジン音と、

聞き取れない叫び声が響き渡った。





(おしまい)


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