2025年1月

母の古希祝いに親戚が集まる。親戚は嫌い。労いの言葉1つなく、自分たちの幸せ感を大っぴろげに披露して帰って行った。呆れ果てる。


主人の実家も一緒。自分たちは関係ないくらいの勢い。もう関わりたくない。話しても意味ない。通じない。分かってもらえるとは思わない。


息子のサッカー、骨折、インフルエンザ、父の暴力的態度に介護支援からのプレッシャー、施設の話、子供会の役員引き受け、サッカークラブの役員引き受け…


普段の仕事と子育てと家事と介護の生活に次から次へと私に襲いかかる。


母また転倒。救急搬送。疲れ果てた。

自分を消してしまいたい。もう何も考えたくない。






我慢の生活を抜け出そう。このままでは私だけでなく、家族皆が消えてしまう。変えなきゃ。皆の犠牲と我慢だけでは成り立たない。何かを変えなきゃ。


一時仕事を辞める決断。下せるかどうかは経済的な問題を解決する術が見つかるかだ。見つけなきゃ。自分が変わらなきゃと必死に切り替え切り替えと言い聞かせて我慢してきた。でも自分を変えるなんてすぐにできない。なら環境を変えないと。



私のただのわがままかもしれない。でも後悔したくない。あの時それでも仕事が大事だったのかと自分を責める日が来る気がする。


ただ自信がない。これでいいのか。他に方法があるのではないか。でも誰も教えてくれない。相談する相手も時間もない。


気持ちの整理もつかないまま、明日からまた1週間が始まる。仕事に行きたくない。休みたい。でも許されない。次の日曜日までまたバタバタいろんな選択と決断を迫られる。



逃げ出したい。