5月中旬

母は隔離生活が解除され、リハビリ病院へ転院。

形態は落ちているものの、何とか食事が摂取出来ている状況。

先生は厳しいと言われるが、何となく私の感覚的に、もう少し頑張れそうな気がする。

認知機能は確実に落ちてはいるが、体は徐々に上向き。体が動けば、もともと嚥下はほとんど問題なかったから、落ちるとしてもそんなに大きくは…。


そう思いたい。


その間も、子ども会に習い事に仕事もなかなか忙しく、疲れる〜。子どもたちにも私の焦りやイライラが伝わり、1日早くお花のプレゼント🎁をもらった。


母の日💐


子どもたちはよく見てくれている。申し訳ない。

忙しいとかキツいとか口に出さずに頑張れよ!私!





5月中旬

母のVF(飲み込みの検査)実施。

薬の調整のお陰もあって、咽頭クリアランスも良好。起きていれば、誤嚥のリスクは少なく、口からの食事ができる判断。


身体機能も徐々に歩くことができるようになり、午前中は笑って声を出せるようになる。◯◯ちゃん!と私の名前を呼んだ!



先生は食事の形態アップより、薬の調整が先と。

連れて帰ろうかなぁ。少し早めの退職で、在宅介護をしようかな。。。父もそれを望んでいる。



5月下旬

母の入院から1ヶ月。

安定していた矢先、高熱が出る。



敗血症か…。



意識も低下しており、薬も飲めず。結局NGチューブに両手ミトンで、経管経管栄養開始。



もう厳しいか。。。



父は落ち込み過ぎて、悪い事はもう言わないことにする。励まし、母の力を信じようと。



弟は、心配が重なり胸が痛む症状が出るから、これまたしばらく黙っておこう。



結局1人。



仕事が忙しすぎて、こんな一連の流れになった事を夕方まで知らなかった。


本当に私は何がしたいんだろう。母がこんなまでなっても母の元へは行かず、子供のお迎えに奔走。



もう入院してても元気にはならない。

そんな感覚である。

悪くなるだけならば、できるだけこの時間を一緒に過ごした方がきっといい。

病院の面会時間だけでは短い。

食べられなくても目を開ける時間が短くても、残り少ない時間を一緒に過ごそう。



親戚皆に知らせたが、結局誰も会いには来ない。こんなもん。別にいい。