以前の記事に追記しました。
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病気に気づいた頃から、治療の経歴などざっと書いてみました。
細かい体調の変化を書けばキリがありませんが、大体こんな感じです。
随時加筆していくかと思います。
■2010年12月下旬: 咳が少し出るようになる。その後、微熱、だるさ等も少し感じるようになるが、気のせい又は軽い風邪か、年末の仕事疲れのせいかと思い、ゆっくり休息を取ればすぐ治ると思って、すぐに病院には行かなかった。
■2011年1月1~3日: お正月中ずっと咳が止まらず、微熱、だるさも治らなかった。しゃべるのもちょっと話しづらいくらいの咳の多さになったが、それでも高熱が出たりとか酷い症状が出なかったので、そのうち治ると思っていた。
■2011年1月4日: お正月三賀日明けても、咳、微熱、だるさがどうしても治らなかった。夜、トイレが近くなった。高校1年時、マイコプラズマ肺炎で1ヶ月くらい入院したことがあったので、また肺炎になったのではないかと思い会社を休み、近所の掛かりつけの個人病院に行く。
レントゲンを撮ったところ肺に何か見つかったようで、仙台市の大きな病院へ紹介状を書いてもらい、そちらで詳しく検査等してもらうように、ということになる。
(最初、隣の市の県立がんセンターを紹介されるはずだったが、予約が取れず、仙台の病院を紹介されることになった)
その日のうちに、仙台の病院の呼吸器科を受診したところ、血液検査等の結果などから、ほぼ癌(がん)ではないか、と告知される。
さらに詳しく体全体を検査するため、1/11・12、1/18・19に検査を予約する。その結果は1/25にわかるとの事。
■2011年1月7日: 仙台の病院で癌(がん)ではないか、と告知された事が信じられなくて、最初に紹介される予定だった県立がんセンターに、セカンドオピニオンの様なつもりで1人で受診しに行く。結果はやはり、仙台の病院と同じような話だった。
この日、両親に初めて私の病気は癌(がん)の可能性が高いと言う話をした。
■2011年1月15日頃: 仙台の病院から突然電話が入り、話しがあるとの事で呼び出される。1/11・12に仙台の病院で受けたPET-CTの検査の結果、病気の大元は婦人科系の部分、おそらく卵巣にあるのではないか、との事。
その仙台の病院では婦人科がないので、さらに別な病院に紹介されることになる。
仙台の大学病院か地元近くの県立がんセンターか、ということになったが、地元近くの方が両親も通いやすいのではないか等から(個人的にがん専門の病院の方が皆同じような病気だからかちょっと安心感みたいなのもあって)、県立がんセンターに紹介してもらうことにする。
■2011年1月17日: 県立がんセンターの婦人科を受診。また検査などするのかと思ったら、その日から即入院となる。卵巣がんで、肺に転移してるとなると既に末期との話があり、あまり長くは生きられないとの話もされる。また、これ以上インフルエンザ等にかかればかなり危険との事で、私は病院の外へは出られないようになる。入院準備も親に頼んでしてもらう。
卵巣がんの可能性が高いが、年齢的に胃がん、大腸がん等の可能性も考えられるため、胃カメラ、大腸カメラ、気管支鏡検査も予約される。
アーモンドサイズくらいの卵巣が11センチくらいに腫れているとの事。
■2011年1月19日: 胃カメラ
■2011年1月21日: お尻から針の様なものを刺して(局部麻酔)、卵巣のがん細胞を少しだけ取る検査をする。取った細胞で、卵巣がんのどの種類のものか詳しく調べるとの事。
■2011年1月25日: 大腸カメラ
■2011年1月26、27日頃: 21日の検査の結果、卵巣がんの「胚細胞腫瘍」という種の中の「未分化胚細胞腫瘍」という事がわかり、治療方法(どの抗がん剤を使うか等)をやっと決めていけるようになる。
まず、抗がん剤をしてから手術になるとの事。抗がん剤が効かなければ手術出来ない、というような話もされる。
■2011年1月28日: 抗がん剤をこれから何度もすることになるので、血管から漏れたりしないよう、腕にカテーテル(ポート)を入れる手術(局部麻酔)をする。
(ポートだと抗がん剤が漏れたり、針が血管になかなか刺さらなくて何度も刺し直したりとかほとんどないので楽です)
■2011年1月31~2月4日: 第1回目の抗がん剤治療(BEP療法(ブレオマイシン+エトポシド+プラトシン(別名・シスプラチンとも言うらしい)))私の場合、夕方から夜中まで続く吐き気が結構ツライ。また、普通の点滴も沢山するので、トイレが近くてぐっすり眠れない日々でした。吐き気はお昼ご飯以降、何も食べないようにしたらある程度楽になりました。胃に刺激を与えないのが良かったのかな?それでも安眠出来ない5日間なのでちょっと・・結構・・しんどいです。
■2011年2月21~25日: 第2回目の抗がん剤治療(BEP療法)
■2011年3月11日: 東日本大震災(私は病室で被災、特に怪我はありませんでしたが、恐怖やストレスで肺のあたりが痛くなったりしました)。14日から第3回目の抗がん剤治療(BEP療法)の予定でしたが、大震災のため延期。
■2011年3月28日~4月1日: 延期になってた第3回目の抗がん剤治療(BEP療法)
■2011年4月27日: 抗がん剤が効いてたため手術が出来た。右の卵巣、大網、リンパ等切除。(子宮、左の卵巣は切除せず)
■2011年5月6日: 手術後の経過も良いとの事で、個室から大部屋へ移動になる。
■2011年5月16日: BEP療法ではない抗がん剤(パクリタキセル+プラトシン)をする。利尿効果を高める等の関係から、抗がん剤をする前日から抗がん剤をした次の日まで、1日中、流しの点滴もする。
■2011年5月23日: 経過も良いとの事で一時退院となる。(1/17からの入院でやっと退院!)
■2011年6月8日: 再入院予定だったが、血液検査の結果、白血球が足りず延期となる。
■2011年6月9日: 夜8時過ぎ突然、左頭の方に今まで感じた事が無いような激しい痛みを感じ、がんセンターへ行く。嘔吐あり。頭のCTを撮るが異常は見当たらないとの事。徐々に痛みは治まったが大事をとって、その日1日だけ入院。次の日、退院。
■2011年6月17日: 抗がん剤(パクリタキセル+プラトシン)治療。治療法は5/16と同じ。前日から入院し、22日退院。
■2011年7月12日: 抗がん剤(パクリタキセル+プラトシン)治療。治療法は5/16と同じ。前日から入院し、17日退院。
■2011年7月20日: BEP療法後、止まっていた咳が少し出るようになってくる。
■2011年7月25日: 咳が相変わらず止まらなかったので病院に行く。CTの結果、新たに肺に2センチくらいの腫瘍が見つかる。放射線治療等が検討される。とりあえず。次回入院予定の8/8に再度病院に行くということで、この日は帰宅。
■2011年8月1日: 前日から微熱があったが、この日は39度の熱が出たため病院は行く。また即入院となる。熱は2、3日続いた。8/8から再入院予定だったが、そのまま入院ということになる。
■2011年8月9日: 放射線科受診。また、数日前から頭と首の付け根が痛くて湿布を貼ってみたり、温めてみたりしたが、痛みはあまり取れず。
■2011年8月11日: 肺への放射線治療始まる(全15回+αの予定)
■2011年8月12日: 朝起きたらフラフラして、何かにつかまりながらじゃないと歩けなくなった。焦点も少し合ってないような感じがした。すぐに脳外科の先生に診てもらうことになり、CTの結果、脳転移が見つかる。脳転移へも放射線治療をする事になった。
■2011年8月16日: 脳への放射線治療(全脳照射)始まる(全15回+αの予定)
■2011年9月1日: 肺への予定していた放射線治療15回目終了(その後3回追加される)
■2011年9月3日: 前日にCT、MRIを撮りその結果を見て、今後の治療について主治医から説明される。脳の腫瘍についてはサイバーナイフ治療をするとの事。全脳照射15回終了後、サイバーナイフ治療する事に。
■2011年9月4日: 夜の検温時に血圧が今までにないくらい高くて、びっくりしてして過呼吸になる。睡眠注射みたいなの打ってもらって精神的に徐々に落ち着く。
■2011年9月6日: 一度話してみたかった臨床心理士さんを呼んでもらって、1時間くらい話をする。
■2011年9月7日: サイバーナイフ治療を受けるため、入院してる病院から仙台総合放射線クリニックを紹介され、診察を受けに行く。CT、MRIを撮ったり、顔のマスク作ったり、説明を聞く。
■2011年9月8日: 臨床心理士さんと1時間くらい話。(2回目)
■2011年9月9日: 仙台総合放射線クリニックでサイバーナイフ治療。この日1回で終了。(80分くらいかかりましたが、私は横になってるだけでほとんど痛みはありませんでした)日帰りで治療が出来ました。
■2011年9月20日: CT撮る。
■2011年9月22日: CTの結果説明され、一時退院となる。
■2011年9月30日: 予定通り再入院する。
■2011年10月3日~7日: EP療法(エトポシド+プラトシン)。BEP療法(ブレオマイシン+エトポシド+プラトシン)のブレオ無しの治療(人体に使える量が決まってるため)。吐き気が強いプラトシンが相変わらずあるので心配でしたが、何故か今回はいつもよりは強く吐き気が出ませんでした。体が慣れたのかな?不明です。
また、新たに左肺のリンパ節や左腕、首の右側のリンパにも転移が見つかり、放射線治療することに。
■2011年10月7日: 夕方1回、左肺のリンパ節に放射線照射。前回、今回と近いところの右肺にも放射線をかけており、また今回の場所の方が食道に近く、後遺症として、潰瘍、出血なども考えられるため、一度の放射線量を弱くして、回数を多くしてかけるとのこと。
1日に朝1回、夕方1回を5週間くらいにして照射していくとのこと。以後、平日は朝・夕1日2回放射線照射あり。
■2011年10月11日: 1ヶ月前にかけたサイバーナイフの効果を診るため、仙台総合放射線クリニックへ外出。MRIの結果、腫瘍もだいぶ小さくなってるとのこと。良かった!!
今後も暫くサイバーナイフの効果を診るため、12/13にもMRIを撮るよう予約をする。
また、この日の採血の結果次第で一時退院になるかもしれなかったが、結果が悪く、一時退院出来ず。
■2011年10月14日: 採血の結果、白血球が300(三百)しかなく、(普通は4000~8000)部屋からも出られない事に。家族以外面会謝絶。食事制限あり。
■2011年10月17日: 10/7から始まった左肺のリンパ節への放射線以外にも、今日から左腕、首の右側のリンパへの放射線照射始まる。左腕、首のリンパは全5回照射。
また、前々から気になってた右足など(軽いしびれ、痛みがあった)下肢のMRIを撮る。
■2011年10月18日: 腰がとても痛かったので、背骨のMRIも撮る事に。
■2011年10月19日: 下肢、背骨のMRIの結果等を踏まえて先生より今後の治療について説明を受ける。
まず、やはり両足の骨にも転移があり、背骨にもそれらしきものが見えるとのこと。
また、抗がん剤があまり効いてないようだとのこと、また、抗がん剤を続けても体調を崩す事の方が多くなるのではとのこと、さらに、足や背骨など色々転移が進んでいるようで、放射線治療でも叩ききれないとのこと。
そのため、「緩和ケア」に切り替えましょう、との話でした。
つまり、完治は難しいから病気に対する積極的な治療はしないで、痛みをコントロールして残りの日々を穏やかに暮らしていきましょう、とういう方針ですね。
「緩和ケア」だとQOL(クオリティー・オブ・ライフ、生活の質)が重要視されるため、病気に対する治療はしませんが、生活の質が落ちるような骨折とかの危険性がある場合は、放射線をかけたりして骨を丈夫にする治療等はするそうです。
ここからはまさに 「自分の体の自然治癒力 VS がん細胞達」 の流れに任せるわけになるわけですね。
ただし、痛みには痛み止めを使い痛みをコントロールします。
■2011年10月19日: 緩和ケアの医師、看護婦さんより説明を受ける。同じ病院の敷地内にある、緩和ケア病棟を見学させてもらう。入院申し込みをするが、有料特別個室(1日3100円)でも3ヶ月待ちとのこと。
■2011年10月20日: 採血の結果、白血球が700→7000に上がっていたため制限解除となり、部屋からも出られるように。面会も可能、食事制限も解除される。
■2011年10月21日: 左腕、首の右側のリンパへの放射線終了。左肺のリンパ節へはまだ続く。
■2011年10月24日: 下肢への放射線開始予定。全5回予定。
また、25日には形成外科を受診し、現在の私の骨の状態では、どの程度の普段の生活が出来るのか、自宅療養、外出などは可能かなどを診てもらう予定です。