無駄に長いですよ笑
今から22年前、長男が反抗期真っ盛りの中学3年の春🌸
義理の父が突然脳梗塞で倒れた。父が69歳 小さなクリーニング屋さんを営んでました
命は取り留めたものの右半身付随、車椅子、言語中枢がやられ言葉を全く話せなくなってしまった😭
当時は別々に暮らしていたが、その頃は介護に行政はまだ手厚くなく自宅で見るのが一般的であったため
義母だけに任せられない、義母も長男だから『あんたたちのとこの行く!!」
そして6ヶ月後に同居することになった。年金も貯金もなく全てが父ちゃんの肩にのしかかってきてしまった😅
そして何より介護っというよりも・・・母との同居の方が私の中では心配や不安だった
最初は完全同居の予定だった(家のローンも続行中)金銭的にかなりシビアにはなったが家の方を一部壊して
建ぺい率ギリギリで二世帯住宅とした
とにかくいろんなことに必死だった、ストレスだけの生活になってしまったりnegativeに考えれば負のスパイアル
になり次から次から負を呼んでしまう。こんなことでは私の人生どうなってしまう??って思い
この環境から抜け出せないのならガス抜きの仕方やら自分を変えていくしかないな・・僅かな一人になれる場所を求め
たり、 時間の使い方も
この頃から上手になったかもしれない・・まだ若かったから体力もある(健康なによりもこの頃切に思った)
そして義父はそれから7年後に胆嚢癌のため亡くなった。 元々口数は少なく大人しく心の暖かい人だった。
言葉は喋れなくても・・強い母のもとで過ごす私に気遣いの眼差しを送ってくれてた。
亡くなる数時間前の病室で『お父さん頑張ったよね・・・辛かったよね・・ありがとうね」って言ったらスーッと涙を流した
それから数時間後のことだった。
父が亡くなり一人になった母はいつの頃からか認知症の症状が出てきた
これからの日々も・・・・無駄に長くなるので伏せておきます
あんなに強かった母も次第に私に寄り添うようになった。今では私の存在を探すように・・・
そして最後まで在宅介護を希望してた父ちゃんが『ママ入所手続き取って」老いていく母を目にするのがつらくなって
行ったのだと思う。
今は程よい距離の中で施設からの外出を楽しみにしているようだ
今さっきしたことは覚えてないしなにを食べたのかもわからないけど僅かな時間わらったこと。優しくされた想いは
残っているような気がする。この日は定期受診の帰り当時反抗期だった息子が一緒にランチしてくれた
嬉しそうな母🌟 こちらも嬉しかった 優しい気持ちになれた
そして
これからが本題でして
母が住んでた8.5帖この場所で
坂の途中の小さなお店
焼き菓子とお茶だけの
しばらくは週一回だけのワンオペカフェ☕️客席もほんのわずか
まだまだ介護も続くし私の手を差し伸べなきゃいけない人がいるものでね
20代の頃に都内で食の仕事に携わってた頃
漠然と思い描いてた夢
叶うはずがないって思ってたが
この場所があるから・・・背中を押してくれる人がいるから
走り出してみようと思う
きっと義父が私に運を運んでくれたんだとおもう
「もういいよ・・」ってね
少し前に行きつけの美容院が移転するからそのあとでやってみないか?ってお声をかけてもらったが
そして少しその気になっったりいろんなものから逃げたいって思ってたのが
あの時には踏みとどまって本当に良かった
いつかここでって思ってたがこんなに早くに巡ってくるとは思わなかったから
やりたいって思ってから少しずつ自分の好きを拾い集めてファイルに収めていた
あれもやりたいこれも・・・あそこも直してここも直してって欲は限りない
でも自分が求めているのがなになのか
そんなのでは商売でない!!って指摘する方もいらっしゃるだろうが
自分のペースでゆっくりと
そしてこれもいつか叶えたかったことで
私の半世紀を綴るエッセイを出してみたい
今日はどなたも来なかったなっていうのんびりカフェの机でその原稿を書きながら
お待ちしております
四季で変える草木染めのリネンの暖簾をくぐって
ようこそ
「hito_yasumi 」へ
ちょっとだけ心を整えにお立ち寄りください
まもなく工事が始まります
住宅街なので🅿️は少し歩いて一台だけ笑
オープンはまだまだ先です
秋風が吹く頃かな🍁
桜が咲く頃かな🌸
まだまだ整えることが山盛りなんでね・・・・
私なりのゆっくりと^日^

