一度、甲子園球場へ行った。
一年生のときだ。
自分で言うのもおこがましいが、
ほぼ同じ時期に、開催する、
吹奏楽部のコンクールがある。
一年生で、選ばれたのは、
わたしを含め、三人だった。
だから、一回戦は他の一年生と、
メンバーから外れた、二年生が、
応援に向かった。
まずは、一回戦突破。
二回戦になると、コンクールも終わり
(ちなみに、関東大会出場、
群馬県では、二校しか選ばれない)
そこで、わたしたち全員が応援に向かった。
余談だが、わたしは県大会で、
脱水症状?熱中症?で、
倒れてしまい、甲子園へ行くな!
と、顧問から再三言われた。
が、「一生に行けるかどうかです。
行かせてください!」と、懇願し、
なんとか、説得し同行した。
ただ、バスで、向かったのだが、
イマイチな気分に陥っていた。
が、当時はまだ、蔦が絡まっていた、
球場を見たら俄然、高揚してきた。
案外、傾斜のあるアルプススタンドに、
陣取ったときは、「とうとう、来たんだ」
と、感慨深かった。
二回戦。どこの高校と当たったか、
すっかり忘れてしまったが、勝利した。
まさか、甲子園で校歌が歌えるとは
思わなかったので、単純に嬉しかった。
泊まったホテルは、京都だったため、
少し自由時間があり、応援Tシャツのまま、
ボートに乗っていたら、
同じくボートに乗っていた、
おじさんに「あんたたちは、甲子園で
来たのかい?次の対戦校はどこ?」と、
尋ねられ「宇部商業です」と、返答。
おじさんは渋い顔し、「難しいなあ。
まあ、頑張れよ」と、やや慰めに
近い返事をいただいた。
そして、翌日。
その宇部商業との、対戦。
経過の詳細は、もはや忘れてしまったが、
8対5で、敗戦。
おじさんの言われたとおり、
勝利は難しかった。
でも、一度でも校歌が歌えたことは、
とても、満足だった。
家路に着く時、近所のおばさんに、
「夏葉子ちゃん、テレビに
映っていたよ」と、言われたのは、
恥ずかしさが、混じった気分だった。
何故か、家の誰もがテレビのことは、
言ってくれなかった。未だに謎だ。