やっとブログを始めた本題を書ける……。忘れる前に書けよって話です。
妊娠2週頃といえば、8月の中旬だろうか。
まあなんていうか……旦那はんとそのころ「行為」をしていたのかすら記憶にない。
なにしろ、
2月に転職して、リング貰って、
4月に式場探しはじめて、
7月末に入籍して、新居に越して……というドタバタの日々だったのだ。
慣れない土地、慣れない生活。
始めてから半年の仕事は心身ともに過酷で、デスクワーク三昧だった自分にとってはじめてのガテン系。
昼過ぎから仕事に行き、終電で家に帰る。
そこから、旦那はんのために夕飯を作り、明け方眠って昼に起きる。
同居し始めて2週間目、「キャベツを入れるだけホイコーロー」みたいなのを使って料理して、
旦那はんが涼しい顔で「たまにはこうして手抜きすればいいよ」と言ったときには、ブチ切れたっけ。
フライパン使ってアレンジしてるだけでも、手抜きとは違うわい!
本当の手抜きってのは、買ってきてチンだ! と。
だれも代わってくれない、さぼれない日々と自分の仕事の両立が本当にきつくて、
恋人だったころは会えばシテいたような情熱も、
日々の生活のとまどいと疲労感にかき消されていき……。
(まあ、いつでもできるし、のような安堵もあった)
まさか、赤さんが舞い降りてきているとは夢にも思っていなかった。
避妊は?と言われれば、正直、していなかった。
理由のひとつは、旦那はんがそこそこいい年で、早く父親になりたいと恋人時代から言い続けていたということ。
そしてもうひとつは、私が不妊症と言われていたことである。
結婚する2年ほど前、理由はわからないが、週に1回のペースの不正出血が続き、産婦人科にかかった。
内診を受け、「基礎体温をつけて2ヶ月後に来なさい」と言われた。
基礎体温をつけたことのある方ならおわかりだろうが、普通は、台形の山が定期的に出るグラフになるところが、私の場合、ギザギザもいいところで、どこにも山など見当たらなかった。
(加えて言えば、最低体温ラインがかなり低く、予測範囲幅にすら入ってなかった)
結局、もともと月経開始当初から不順で、「何年かすれば落ち着くわよ」という周りの声を信じて、長すぎる「何年か」を過ごした私に下された診断は、不妊症だった。
そして先生は言った。
「ピルで治る可能性はあります。が、あなたの場合副作用がひどそうなので、本当に妊娠を望んだら治療をはじめましょう」と。
私は当時からつき合っていた旦那はんに、そのことを告げ、一時は別れようとも考えた。
だって、あんなに欲しがってるのに産めないかもしれないんだもの。
私自身は、あまり幸せな思春期を送っていなかったせいか、子供を持つことに対しての憧れは薄かった。
だから、旦那はんの願いを叶えられそうもないということだけが辛かった。
でも結局。
なんの治療もせず。
赤さんは唐突に、やってきていたのだった。
原因は、わからない。
実家を離れたことによる、ストレスの軽減なのか。
ガテン系の仕事にかわったことによる、体調の改善・体力の増加なのか。
入籍を済ませて、これからならいつでも迎える巣があるよ、という心理的な余裕からなのか。
わからないけど、タイミングがタイミングを呼んで、
ある意味押し売りのごとき早さで、赤さんは私のなかにするりと入り込んでいた。