母と姪っ子の命 | ☀︎雲の向こうはいつも青空☀︎

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2014年に母がスキルス性胃がんで他界したのをきっかけに、翌2015年から始めたブログ。あれから年月が経ち、今は日常のことをぼちぼち綴っています。


今日は実家から車で20分ほどのところにある道の駅へ。


父と弟、私と娘、妹と姪っ子の6人で行って来ましたリムジン後ろリムジン前


お天気が良くそこそこ暑いけど猛暑というほどではない。
風もあって爽やかな陽気でした。



地元は3.11の津波のあと子供たちの遊び場がなく、道の駅に併設されているこの公園が唯一ちゃんと遊べる場所。


自然に囲まれて空気も綺麗なので気持ちいいです照れ


周りの人たちが話している方言を聞く限り、近場から来ている人が多そうでした。



真ん中にいるのが娘と姪っ子。


2人とも大きくなったなぁ。
いつも思うけど本当に姉妹のよう。


“はしゃぎ回る妹をコラコラとたしなめながらついていく姉”
といったところかな




この公園には母の闘病中にも1度来ました。
(以前にもブログに書いた気がしますが…)


その時は姪っ子がまだ生まれていなくて、娘が2歳半くらい。


怖がって1人ですべり台ができない娘を、母が後ろから支えてすべってあげていました。
私が撮ったビデオにもその時の母と娘がしっかり収められています。


懐かしいなぁ…


あれから4年以上も経っちゃった。




姪っ子を見ていると不思議な気持ちになります。


姪っ子は母がガンにならなければ今ここにいなかった存在。


母の余命がわずかと知って妹が慌てて結婚を決め、それからすぐに授かった命。


つまり母の病気がきっかけとなって誕生した命。


母がガンにならなければ、妹が結婚を決めるのはまだまだ先だったと思う。
それだと姪っ子だって生まれていないはずで。



母が元気でいたら姪っ子はいない。
母がいないから姪っ子がいる。


どちらがいいかなんてとても比べられるものじゃない。
私にはどちらも同じくらい大切で、母も姪っ子も両方いることが本当は1番望ましい。


だけどそれは絶対にあり得ないこと。
母の体に奇跡でも起きていない限りは。


わかっていたことなのに、今でもやっぱり両方を望んでしまう。


人の命って本当に不思議で、思い通りにはいかないものだなとつくづく思います。



きっと誰よりもそう感じているのは父かな。


母が見ることのできなかった2人目の孫と、母がとてつもなく可愛がっていた初孫。


その2人の成長を目の当たりにするたびに、父はここにいない母を想っているんだろうな。
それでこれからもずっと想い続けるんだろうな。
この4年間ずっとそうだったように。






姪っ子は勝ち気でおてんば。
細かいことにこだわる。
ちょっと癇癪持ち。
ひょうきんで面白い。
3歳のわりに手先が器用。


母に似ているところもあって、私はそれがすごく嬉しいおねがい



姪っ子の命は母がくれたようなものだと思うから。


姪っ子には母のように強く逞しい大人になって、できれば母の分まで長生きして欲しい。





妹が明日から仕事なので、姪っ子とは今日でバイバイバイバイ


次に会える日が楽しみです。