生きてるうちに | ☀︎雲の向こうはいつも青空☀︎

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2014年に母がスキルス性胃がんで他界したのをきっかけに、翌2015年から始めたブログ。あれから年月が経ち、今は日常のことをぼちぼち綴っています。


毎年この時期になると母の日参りのCMが流れる。


母を亡くすまではあまり気にならなかったんだけどな。
当事者になってからはつい見入っちゃうようになった。


CMの中のフレーズ


『大人にも母が恋しい季(とき)がある』


ほんとそうだよなぁって思う。


恋しいときがあるっていうより、恋しいときだらけだよ!って。


出演してる高島礼子さんも実際に母親を亡くしてる人だし、娘役の子と一緒に歩くシーンがなおさらグッとくる。


未来の私と娘もあんな風かなーとか思っちゃって。


母の日参りをする私、それに付き合う娘、みたいなね。





世間ではどこに行っても母の日ギフトのコーナーや宣伝ばかり。
それも当然生きてるお母さんへの贈り物。


4年前までは私も当たり前にその中にいて、ウキウキしながら母へのプレゼントを選んでた。


3年前の母の日はすでに入院しててもう帰れないって状態で、そうなるのがわかってたから4月のうちに早めのプレゼントあげて。


どうにかもう1度元気になって欲しいって願いを込めて買ったけど、結局使ってもらえないまま亡くなってしまって。


母の日にプレゼントあげれなくなったのは、今年でもう3回目。



最近ふと思った。


世の中みんな母の日ムードだけど、
『亡くなったお母さんのために』みたいなのってあのCMくらいじゃないかって。


花屋さんに行ったって、白いカーネーションを前面に出してるお店なんか見たことないし。(私が知らないだけ?)


まぁそんなアピールするようなもんでもないんだろうけどさ。




でもそもそも母の日って、その昔アメリカに住んでたアンナという女性が、亡くなったお母さんのために広めたものなんだとか。


アンナは苦労して自分を育ててくれたお母さんが大好きで、お母さんを敬う気持ちを残したいっていう想いから母の日を作って、教会の祭壇に白いカーネーションを飾ったって。


だから元々は亡くなったお母さんのための日で、カーネーションも白が始まりだったわけで。


それが現代でも当たり前に知られてて、かつ母の日のメインだったなら、母の日ギフトのコーナーの半分はお供え物だったり白いカーネーションや仏花が並んでたかもしれない。


まるでお盆やお彼岸みたいにね。


世の中みんながそんな雰囲気なら、お母さんを亡くした人たちの
『母の日なのにお母さんがいない、何もできない』
っていう寂しい気持ちも少しは減るのかもー、なんて。


そんなこと思ったりしてさ。




でもね。
始まりはどうであれ、お母さんへの感謝や敬う気持ちはやっぱり生きてる間に伝えるのが1番。


去年の母の日に娘からカーネーションと絵をプレゼントされた時、涙が出るほど嬉しかった。


気持ちを伝え合えるっていいな。
子供から感謝の気持ちを受け取るのってこんなに嬉しいことなんだな。
母の日っていいものなんだな。


それがわかってから、母の日は寂しいだとかプレゼントできる人が羨ましいだとか思わなくなった。


だって、お母さんたちにとってはそれだけ嬉しくて特別な日なんだもん。


感謝を伝える子供、それを受け取るお母さんがたくさんいるのって幸せなことだよ。


そしてどんな親子もその時間は永遠には続かないから。


気持ちを伝え合うのって、生きてるうちしかできないから。


お母さんの喜ぶ顔が見れるのも、それで自分が嬉しくなるのも、生きてるうちだけ。


お母さんが亡くなってしまったら本当に何もしてあげられない。


お母さんだって子供の気持ちを直接受け取ってあげることもできない。


だからこそ今を大切にして欲しい。


お母さんが生きてる人には、是非今のうちにたくさん気持ちを伝えてあげて欲しい。



そう思ったら、母の日ギフトのコーナーもあったかい気持ちで見れる。


あの服、母に似合いそうなのになぁ。
生きてたら買ってあげたかったな。
なんて思ったりもするけど。
まったく寂しくないわけではないけど。


でも母の日はやっぱりいい日だなって思えるようになった。






私はどうしようかな。


今年は白いカーネーションでも飾ろうか。


それと母の好きなお菓子を買って手を合わせようかな。