今日、父や妹と一緒に母の実家に行って来ました。
10月に母方の祖母が97歳の誕生日を迎えた時、お祝いに行ったらお昼寝中で会えなくて。
それから2ヶ月近く経ってやっと行けました

ちゃんと顔を見たのは5月の母の日に会った以来だから、もう半年以上ぶりかー
今回は祖母の部屋で私と妹と子供達、誰にも気兼ねなくゆっくり話ができました。(父はリビングで伯母と談笑)
最初は世間話や子供達の話題で笑ったりして。
でもそのうち自然と母の話になり…。
いつも強気に見せてる祖母だけど、私達しかいなかったせいかポツリポツリ本音が。
「何を見ても思い出して涙が出る」
「最近も○○(母)の夢ばかり見る」
「抗がん剤で脱毛したお母さんが、カツラをかぶって娘の結婚式に出たのをテレビでやってた。
○○も同じだったんだろうと思って泣きながら観た」
そんなことを言いながら泣いて…。
少しは悲しみが癒えてるのかと思ってたけど全然そんなことなかった。
やっぱり、親を見送った私達と娘に先立たれた祖母ではまた違った悲しみがあるんだって実感させられた
祖母に改めて母のガン発覚から亡くなるまでの経緯を説明しました。
祖母には母が亡くなった後に少し説明したきり。
それからはなかなかこういうことをじっくり話す機会がなかったし。
祖母も母親として娘のことをもっと知りたいと思ってるだろうから。
祖母は冷静に聞いてくれて、母が最期まで苦しまずに旅立ったことには安堵したようでした。
「自分が死ぬ時も苦しまずに死にたい」
なんて言い出したりして

その後はお互いに母の思い出話。
その時には祖母も笑って色々話してくれて。
祖母の本音や悲しみを吐き出してもらうためにもこういうことが必要なんだなって思った。
いつも1人で抱え込んでるみたいだったから、今回はたくさん話してくれて私達も安心しました

そして話は母のことに変わりますが。
2年前の今日は母が入院した日。
あの日のこともまだまだハッキリ覚えてます。
部屋の片付けもできないほど体力も気力も落ちてた母。
ご飯もちびちび辛そうな顔して飲み込むのがやっとだった。
そして「体重は減ってるのにお腹が張る」と。
気管支炎と診断された咳も治らないし、そのせいで胃カメラもできてない。
これはさすがに何かあると思い、弟に運転を頼んで再びかかりつけへ連れて行き。
市民病院を紹介されて受診すると即入院。
かかりつけの先生は「胃潰瘍かもしれない」と言っていた。
だから、入院して治療したら元気になって退院できると思い込んでたのにな。
入院病棟に向かう母の後ろ姿が今でも目に浮かぶ…
あれからちょうど2年。
この日に祖母と話せたことも何か意味があるのかもね。
しかし、耳の遠い祖母にずっと大きな声で喋りっぱなしだったから帰る頃には喉がガラガラになってたー(^▽^;)
でもじっくり話せて良かったです

