今日は無事に祖父(父方)の七回忌を済ませることができました。
と言っても改まった法要ではなく、和尚さんに塔婆を書いてもらってお墓参りと食事会をしただけの簡単なものでしたが。
当初は参加しないと言っていた叔父二人(父の妹の旦那ズ)も来たからびっくり

でも今回は叔母達のことで不愉快になるようなこともなく、終始和やかに過ごせたのでホッとしました

祖父は6年前の今日、朝の6時過ぎに亡くなりました。
地元の海が見える病室で、前日から駆けつけていた家族と親戚に見守られながら静かに息を引き取りました。
私は人の心臓が止まる瞬間をその時初めて見ました。
呼吸がだんだん浅くなり、間隔が開いていって、最後に一つ大きな息を吐いて…。
本当に静かで不思議な感覚だった。
直後にカーテンを開けるとちょうど朝日が昇ってきたところで、それがすごくキレイで「あぁ、じぃちゃんは朝日と一緒に昇っていったんだなぁ」なんて平和なこと思ってたっけ。
11月1日なんてわざとゾロ目狙ったのか⁉︎とか、老衰でみんなに看取られて亡くなるなんて理想的な死に方だなぁとかね。
それまでにも何度か危篤状態に陥ったことがあり、90歳という年齢や病状からも祖父の死はごく自然に受け入れられた。
その数年前から認知症を患ってまともに会話もできていなかったから、亡くなったのがうちのじいちゃんだって実感もなかったし。
もちろん人並みに悲しみはしたけど。
そんなだから当時は人の死について深く考えることもなかった。
今の私ならもっとたくさん考えて、もっと祖父にしてあげられることがあったかもしれない。
あれから丸6年か…本当にあっという間だったなぁ。
もうだいぶ遠い昔のような感覚。
この6年の間に、祖父が亡くなった病院が東日本大震災の大津波で流され、その年に私は娘を出産し、次いで母のガン闘病と旅立ちがあり…激動の6年間だった。
しかし祖父の七回忌に母がいないことはまったくもって想定外だったな。
祖父とはずっと険悪でケンカばかりの母だったけど、なんだかんだ言っても最後まできっちり看護をやり通した。
祖父も最後の数年は母ばかり頼るようになってた。
結局のところ一番ちゃんとやってくれるのは誰なのかって気づいたんだろう。
祖父が危篤状態になると母はずっと声をかけ続け、祖父も意識がないのに涙を流したりして…。
私は母の長年の苦労が報われたんだと思って嬉しくなった。
そんな母の姿を見ていたから、何か嫌なことがあっても「母の苦労を思えば大したことない!」と思って乗り越えて来られた。
今ではその時以上に力をもらってるかもね。
母の七回忌を迎える頃には、母の死も遠い昔のように感じたりするんだろうか

今はまだ全然想像つかないや。
今回みたいにみんなで集まる機会があると、そこに母がいないことがたまらなく寂しくなってしまう。
まだまだそんな状態から抜け出せてもいないもんな。
というか抜け出せる日なんて来るのかな

なんだか今日はいつにも増して母に会いたい気分……
あらっ

祖父の七回忌だから祖父のことたくさん書こうと思ったのに、気づいたらまた母のこと書いちゃった…
でも今日はちゃんと祖父を思い、感謝の気持ちをしっかり伝えて来ました
