人はよく、何か大きな災難に遭うと
「神も仏もあったもんじゃない」とか
「こんなことが起こるなんて、神様なんていないんじゃないか」と思ってしまいますね。
私も、東日本大震災で流されていく地元の映像を見た時やたくさんの犠牲者が出た時、そして母のスキルス胃がんが判った時そう思いました。
近所の氏神様に何年もお参りを欠かさず続けていた母がどうしてこんな目に遭わなきゃいけないんだ、全然守られてなんかいないじゃないか、それならもうお参りなんてする必要ないじゃないかと。
でも母を亡くしてみて、守られているというのはそういうことじゃないって思うようになりました。
神様や仏様が災難から救ってくれるとか、誰も不幸な目に遭わないようにしてくれるとか、そういうことじゃないって。
本当の意味で守られているというのは、災難に遭った時、何かに迷った時や悩んでいる時に、その存在が心の中にあるだけで強くなれたり自分で選択する勇気と決断する力をもらえること。
それによって災難や辛いことを乗り越えていけるということなんじゃないかなって。
私はいつも何かに迷ったり投げ出したくなったりした時に必ず母のことを思い浮かべます。
母はどんなに苦労を背負っても、決して投げ出したりしなかった。
パワフルで元気が取り柄だった母ががんに侵され、どんどん痩せて体力が落ちていっても、生きるためと決して食べることを諦めずに闘い抜いた。
その必死で病気に立ち向かった姿を思えば今の私の悩みなんて取るに足らないもの。
そう思うと心がスッと軽くなって、方向性を決めることができ、すぐに笑顔に戻れます。
いつまでもくよくよして嫌な顔をしていたら、うまくいくものもいかなくなる。
自分で何かを決めて自信を持ってやり通すことで、笑顔になれたことで、その日が幸せな方向に導かれていく。
そうなった時、ああ守られているってこういうことなんだなぁって気づかされました。
もちろん、そんなのキレイごとだと思う人もいるだろうし、私がこれから生きていく中でそんな簡単には済まないことだってあるかもしれないけど。
これからも母は私の心の中にいて、ずっと守り続けてくれる。
母はいなくなってもその存在の大きさは、私の中で決して変わることがありません。