*この記事は2024年1月にnoteに投稿したものを、加筆修正しています

 

2024年の1月、尾上右近の『京鹿子娘道成寺』をもう一度観たかったけれど叶わなかった。
同じでないと理解しながらも、研の會DVDを購入。
収録は2023年8月3日浅草公会堂。

 

巳之助がキョーレツ! 『夏祭浪花鑑』

配役
団七九郎兵衛/徳兵衛女房お辰…尾上右近
一寸徳兵衛/三河屋義平次…坂東巳之助
三婦女房おつぎ…尾上菊三呂
団七女房お梶…中村米吉
釣船三婦…中村鴈治郎

 

場面は三幕。住吉鳥居前、三婦内、長町裏。

尾上右近は、団七の他に徳兵衛(巳之助)の妻お辰も二役で演じている。
 

三婦内の場では尾上菊三呂も、お辰と呼吸が合っていてとても良かった。

お辰はそりゃ三婦も心配するよなと納得の色っぽさ。
 

いやもう、あまりに色っぽくて、一度目はまじまじと黒い絽の着物の向こうを見てしまい、筋に集中できず(ひどい感想)。二度目以降でようやく落ち着いた気持ちで…見られないわ。

 

殺し場も、舞台を作る方々は大変でしょうけども、見る側は、爆発寸前みたいな緊迫感と、美しい見得の数々を堪能。
 

尾上右近の見得は、溜めがたっぷりしていてタイミングが心地よく、本当に美しい。

それも、団七の美しい見得のそばに、ぞーっとするような義平次がいるのがまた凄まじい。

間違いなく、坂東巳之助の義平次という配役が、この場面の面白さを倍増させている。

 

30代でこんなに汚い(褒めている)義平次できる人、ちょっと他に思い当たらない。
将来が恐ろしい。『仮名手本忠臣蔵』の師直とか、きっといいだろうなあ。

型(かた)はありつつも、役者の数だけ魅力があるし、さらに配役によっても感じ方は違ってくる。歌舞伎ってやっぱり面白いと、あらためて思う。

 

何度見ても面白い、『京鹿子娘道成寺』

配役
白拍子花子…尾上右近
能力…中村種之助
能力…中村米吉

 

道行きより鐘入りまで。

 

ぞろぞろとした所化でなく、種之助と米吉が能力(のうりき)として登場する。
かなり贅沢感がある。2人とも声がよく、花子との掛け合いも美しい。
さらに、米吉による〈舞のおはなし〉が巧い。

 

忘れないうちに最初に書いておくと、鐘入りが、24年1月の歌舞伎座とは違う。
 

23年8月の、研の會では、白に鱗模様の着付けに、赤の着物をいったん羽織って、毛ジケも出して鐘に上がっていた。見たことのある形だ。

 

尾上右近の『娘道成寺』の魅力は、〽︎恋の手習い からが、ますます面白いこと。
ここからが正念場である一方、中だるみというかテンポが落ちて飽きるケースもあるのだが、右近の花子はむしろここから、彼の凄さをさらに感じる。

 

麻の葉模様の着付けも、やはりとてもいい。おきゃんな娘の雰囲気がよく出て、観ていて楽しい。

火焔太鼓の衣装での鞨鼓も、間近で見ると、打ち鳴らす強さも形も素晴らしいことが再確認できる。

 

何度見ても、短く感じる。面白すぎる。

 

鈴太鼓は、24年1月の歌舞伎座でぐんと良くなっていたのだと思った。
特に清姫の怨念が滲んでくるところは、歌舞伎座の広い舞台でも時空が歪んだような凄まじさだった。
24年1月の『娘道成寺』は、オンデマンドで配信中!

 

 

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DVDジャケット画像

 

ここまでする!? 特典映像

【特典映像1】尾上右近ひとり語り~夏祭浪花鑑ガチ解説~
【特典映像2】右近が行く 道成寺成功祈願の旅

 

『夏祭浪花鑑』ガチ解説は完全に、DVDのための特典で、「DVDお買い求めいただきありがとうございます」から始まる。
 

本編だけでも面白いのに、さらに主役による解説で衣装や道具、配役の裏側も聞けるとは。
なんと素敵な特典。

 

実は、歌舞伎DVDの多くが3,000円〜4,000円で購入できる中、自主公演だしお値段はそうなるよね(5,000円)と思いながら注文したのだ。

 

それが、全く損がないどころか、この値段設定でいいの!?サービスしすぎじゃない!?という一枚だった。ありがたや。

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DVD裏面画像

再生環境、Macはご注意

一般的なDVD/Blu-rayプレーヤーで問題なく再生可能です。
ただ、Mac純正のDVDプレーヤー(USB SuperDrive)では、スキップなどの操作がうまくいかず、長時間止まったままエラーになることが複数回ありました。
再生環境に関する情報として、お役に立てば幸いです。

 

【お知らせ】歌舞伎、読書関連の投稿は、noteに移行しています

 

 

*これはnoteに投稿したものです


『本朝廿四孝』 十種香

中村米吉(中村歌六の長男)の八重垣姫。
中村橋之助が、花作りの蓑作〈実は〉武田勝頼。

橋之助の声を聞いて、高音が中村福助と似たところがあると気づいた。目を伏せた面差し、低い声の色は父の中村芝翫に似ている。


腰元濡衣が坂東新悟(坂東彌十郎の長男)。寂しげな美貌が、恋人だった武田勝頼を弔う姿に似合っている。濡衣は腰元。武田勝頼とは身分違いの恋だったのもあり、控えめなところがいい。
とはいえ、濡衣は近年なら片岡孝太郎や中村時蔵、勘九郎などがやっている役。登場人物の少ない演目であるし、もうちょっと主張してもいいようにも思う。

 

米吉は、雛人形のような可愛らしい赤姫。
声の使い方は、『与話情浮名横櫛』ともう少し変化が欲しい感じもあるが、恥じらいながらも一歩も引かず、蓑作との間を取り持って欲しいと濡衣を口説くあたりは溜め息が出るような可愛らしさ。
これ以上ないくらい、役と姿は合っている。

 

歌舞伎の〈三姫〉と言われる大役。大胆な恋の情熱がありつつも、武家の姫様らしい上品さと可愛らしさが必要で、案外、「八重垣姫を観たい!」と感じる女方は多くない。
米吉の八重垣姫、そういう点でもとても良かった。数年後にまた観たい。

 

長尾謙信が中村歌昇(又五郎の長男)。
白須賀六郎は中村種之助(又五郎の次男)。
原小文治は坂東巳之助。

 

長尾謙信は大きさを出すのが大変と思うが、歌昇は第一声がしっかりしている。
後半、濡衣と八重垣姫との絡みになってセリフが続くと、スケール感が落ちて悪役じみてしまう感じもあるが、これはもう、年齢を重ねるほかない、という気がする。

 

種之助は体の動きがとてもいい。お父さんに似た可愛らしい丸顔で、溌剌とした雰囲気。
もう1人の討手、原小文治が坂東巳之助。さすがの大きさ。身体の伸びやかな使い方も気持ちがいい。巳之助の曽我五郎など見てみたいなあ。

 

『与話情浮名横櫛』 源氏店

これはもう、イケボ祭り。声のいい人ばっかり!

 

尾上松也の蝙蝠安、下卑た感じとざらついた声がとてもいい。
お富は中村米吉。使っている中村隼人の手拭い、デザインかわいいなぁ。
米吉のお富は、〈姐さん〉とまでのスケール感にはいかないものの、蝙蝠安に言い返す気の強さ、低い声と高い声の使い方がうまい。
傷の男が与三郎と知ってからの、打って変わって別人のようなしおれた姿も、健気で可愛らしい。

 

中村隼人の与三郎、登場のちょっと冷めた雰囲気から、お富とのやりとりでガラッと変わり、途端に深く馴染んだ男女の空気が舞台に広がるのが良い。
多左衛門(中村歌六)に問われて兄妹だと話を合わせるくだりとか、幕切れでお富に言う「酌をしてくれ」は、くぅ〜、っとくる。


知られた名セリフだけでなく、声を落としたボソッとしたセリフにまで、きっちりと色気があることに驚いてしまった。

 

そして、主役に負けず、尾上松也の蝙蝠安が予想を遥かに超えて面白かった。
蝙蝠安がつまらないと、見ている側は「早く与三郎の名セリフ来ないかな」と思ってしまう。

松也の蝙蝠安は、藤八との絡みや、図々しくお富や多左衛門に無心する部分など、めっぽう面白くて、1時間があっという間だった。

 

ところで、この与三郎とお富の話は、実際の事件をもとにしていて、しかも与三郎のモデルは、のちに長唄の四代目芳村伊三郎を継いだ人物だと知ると、俄然面白くなる。(参考書籍『歌舞伎さんぽ』柏書房)
市川雷蔵も映画『切られ与三郎』で与三郎を演じているが、ここで三味線を持った姿や新内流しの姿を見ると、四代目伊三郎の姿を想像できるような気がしてなんとも風情がある。
本物の与三郎も、間違いなく声のいい人だったわけで、与三郎の名セリフはやっぱり、声のいい役者で聴きたい。

CD『芳村伊十郎 長唄全集1』ジャケットより。「伊三郎」は、名人「伊十郎」を継承する人が継ぐ名だという。

『どんつく』

坂東巳之助はじめ、みんな揃っての『どんつく』。
お正月らしい華やかでめでたい、明るい舞踊。三番叟よりこっちが好きだなぁ。

 

新春の出し物らしく、親方役の中村歌昇が曲芸的なものに挑んでいる。
失敗しても松也に「もう一回!」と言われて、汗だくになってトライする姿が可愛らしい。

 

揃って 〽︎どんつくどんつく と徐々にスピードが上がるところは、みんな若手だけあってキビキビと気持ちがいい。

 

なんと言っても、どんつく役の坂東巳之助の存在感がいい。
父・三津五郎の面影がふっと重なって、胸がいっぱいになってしまう。

 

三津五郎は若々しく、可愛らしい雰囲気のある役者だった。踊りだけでなく、『勧進帳』の弁慶、『髪結新三』での勝奴、『松浦の太鼓』の大高源吾など、忘れられない役がたくさんある。

 

巳之助も抜群の身体能力と、とぼけた面白味と、憎々しさまで幅が広い。
(研の會『夏祭浪花鑑』をDVDで見たけど、巳之助の義平次に驚嘆!)
今回の『どんつく』も、見逃し配信で何度見ただろう。本当に踊りも素晴らしい。どうか今後もたくさん活躍してほしい。

お疲れ様です。

皆様は、もうご覧になりましたか。

尾上右近の白拍子花子。


観てきました。

 

やってのけた。

この人やっぱり凄い。

 

*以下、そうとう暑苦しい感想となっております。先にお詫びいたします*

 

〽︎花のほかには松ばかり 

白い足袋が、桜模様の赤い襦袢からのぞいた瞬間から、ぞくっ、と来る。

身体の内側にとても力が溜めてあるのが分かる。

厳かな中に、何か起こる予感がグラグラと。

 

小さくまとまらない、伸びやかで大きな花子。

 

唄や太鼓とのシンクロ具合、音の活かし方が凄い。

さすが、清元栄寿太夫。

 

踊りも、ドラマも、両方取りに来た。

がっつりと欲張りな、ほんと強欲な花子。こんな花子、見たことない。

 

〽︎恋の手習いつい見習いて

言葉もない。

溢れる恋心は妖艶で可愛らしく、形よく。

くるくるくねくねと舞う手拭いが目に残る。

 

続いて”山づくし”、鞨鼓ではパッと華やかに。

こんなに自分で演奏しに行くタイプを見たのは、中村勘三郎以来。

あの人の花子も観客の心をさらって、

強弱たっぷりに鞨鼓を叩いてガンガン盛り上げた。

尾上右近の鞨鼓は、それ以上の叩きっぷりかも。

撥(ばち)をツノのようにぐぅっと伸び上がるところも、

人の皮の中から鬼がぐわっと立ち現れ、

ざんぶと日高川へ飛び込む蛇体の清姫が花子と二重写しになるようで凄まじい。

 

〽︎ただ頼め

濃い紫というか紺色の衣装は大きな麻の葉文様で、帯は橙と金色。

わたしは紺地に桜の模様を見慣れていたけど、

右近の衣装も、動きのある町娘の明るい踊りによく似合うと感じる。

 

最後、鈴太鼓もバチンバチンと音が聴こえる。

これって飾りというかおもちゃ的な扱いじゃなかったの? 

今までこんな強いの聞いたことない。

 

白地に銀(薄墨にも見える)桜の着物、帯は黒と銀の市松模様。

この帯、揺れるたびに銀色がきらっきらっと蛇っぽくて素敵だ。

 

〽︎花の姿の乱れ髪 思えば思えば怨めしやとて

ここは、鈴太鼓の勢いでは駆け込まず、

逆に、一瞬スローモーションかと思うほどきっちりと、花子の内側から立ち昇る怨念を見せるのが素晴らしい。

 

驚きは最後まで続く。

 

鐘入りが、めちゃくちゃ速いのだ。

 

所化を振り切ったと思ったら鐘(の裏側の梯子)をあっという間に駆け上がって、

見得になる。

 

これまで見慣れていた流れでは、

白の鱗模様の着付けの上に、赤の着物を羽織って鐘の上にのぼり、

赤の着物を取って毛ジケを出して、袖をぐるぐるっとして見得になる。

 

したがって花子は鐘の陰に入ってから登って見得までそれなりの準備があるわけだが、

右近の花子は、準備0秒。

 

所化を振り切った勢いを失わず、鐘に取り憑く。

 

他の型のタイミングに慣れてるとびっくりする。でも面白い!

 

鐘入りの直前で花子の怨念をたっぷり丁寧に見せてからの、この急加速。やるなあ!

 

『娘道成寺』は、舞踊なのだ。

いまさらながら、その原点を見た気がした。

 

踊りには唄があり、三味線があって笛太鼓がある。

そことシンクロし、引き立て合い、ときに競い合い、舞台は加速していく。

芸と芸がぶつかり合う。

(今回、三味線も笛太鼓も相当に熱がこもって感じられた)

 

それでいて、随所にドラマもある。

今回は「道行」がつかないが、それでも何ら不足を感じないほど。

 

花子を踊らせていただく、なんて謙虚さは、いい意味で尾上右近の花子にはない。

むしろ、この花子についてこいぐらいの強さがある。

それがたまらない。心地いい。痺れる。

 

途中で、思った。

 

宝暦3年、初代中村富十郎の花子に熱狂した江戸の観客って、わたしのような気持ちだったんじゃないか、と。

 

最高の女方の芸づくし『京鹿子娘道成寺』。

 

その圧倒的な芸に狂喜した、江戸の観衆に、自分が今まさに、なっていた。

 

曲が進むごとに興奮は増し、引き抜くたびに、ワクワクも高まる。

そして、同時に思うのだ。

ああ、引き抜いたらダメ、いずれ終わってしまうじゃないか、と。

 

終わってほしくない、

こんなに短い踊りのはずはない、

『娘道成寺』は見るのも踊るのも忍耐の大曲のはずだ。

 

どうしてこんなに面白いのか。

どうしてこんなに美しくて怖くて、痺れるのか。

 

 

 

 

約20年前。

『鏡獅子』中盤の”胡蝶の精”のような子役さんによる踊りは、その可愛らしさ懸命さを愛でるほっこりタイム、と思っていた観客(わたし)は、仰天した。

当時まだ岡村研佑の名前で出ていた彼の踊りは、観劇初心者のわたしが見ても別次元だった。

 

歌舞伎座の観客は戸惑って、ざわめいて、驚き、歓喜した。

彼が出ると「けんすけ!」と大向こうがかかるのが常になるまで、そう時間はかからなかった。

 

その彼が、今度は『娘道成寺』で、歌舞伎座の客席(のみならず、もしかすると舞台上まで)をひっくり返した。

妖艶で貪欲な笑みで、こちらの度肝を抜く、右近の踊り。

 

尾上右近、やっぱり凄い。

こちらの抱く期待なんて遥かに超えていく。

 

今まで観た花子の中で、最も驚いた。最も短く感じた。文句なしに面白かった。

いやはや、まいった。

もう一度観たいなぁ。