⚠注意今回の記事は長文なうえ、オチもなく脱線しまくっています。⚠
この本では幸福と幸運を別のものだ、と説明されています。 つまり、お金持ちだとか友人関係に恵まれている、あるいは病気になった、経済的に困窮したなどということと幸福はまた別のものということです。
誰でも幸福になりたいですよね。僕も幸福な人生を送りたくていろいろ模索しています。ですが、幸福かどうかは何かを手に入れるかどうかで決まるわけではなく、捉え方次第なのです。
そうは言っても満たされないと幸福を感じませんよね。あなたにも僕にも何かしらの欲求があって、それが満たされないとずっと幸福になれないような気がします。
でもその考え方が幸福になれない要因みたいです。…ぶっちゃけて言うと僕も理解しているのかしていないのか微妙なんですけどね。
なんとなくわかりますよ、例え貧乏でも障がいを持っていても幸せに生きている人はいます。
『カオニモマケズ』だったかな?病気で顔が「普通」でない方たちでも前向きに生きている様子をインタビュー形式で書いた本があります。一方、なんの病気も抱えていない僕ですが、顔にコンプレックスがあって人前に出るのが嫌で、写真を撮られることとか今でも苦手、という人もいます
。あ、でも同時にナルシスト的な面もあるんですよ。顔がブサイクなのを気にしている癖に鏡結構見ちゃいます。
男子トイレとかおじさんは手すら洗わないですが、若い男子は髪の毛いじりまくりですからね。たいして変わらないのに必死に整えているのです。人目もはばからず。でも気にしているのも人の目なんですけどね。(人というより女子?)
勝手に人の目を意識するのってよくありません?
僕はスターバックスとかオサレ過ぎて入れないし、美容院も自分には府釣り合だから行けません。
でもできないんじゃなくてやってないんですよね。勝手にブレーキかかるのなんでなんでしょうね。
あーでもよく思われたい心理があるからですかね。
傷つくかもとか浮くかもとか心配して何にもできないでいる。他人の目を気にしすぎでいるんですね、たぶん。
誰も見ちゃいないと頭では理解しているつもりなんですが、つい意識しすぎます。これはスキーマでしょうね。心のクセってやつです。
スキーマはそう簡単に治りませんからやはり自動思考を修正するしかないですね。『はじめての認知療法』もっとよく読んで事実と認識の齟齬を小さくしたいです。
話がだいぶそれましたが、客観的に見て不幸な状態にあっても考え方次第で幸福に生きることは可能、ということです。
しかし、まあ道のりは険しそうです。恵まれているけど心は貧しい人が日本には多いんじゃないでしょうか。