日常的に「祝福」なんて言葉
使うキャラ
ではありませんでした。
キリスト教徒でも
何教徒でもないし、
昔、息子が幼稚園で「聖劇」の博士役をやったとき、
イエス様の誕生場面でこの言葉を聞いたような、、マリア様出産イメージ。
でも今年、新たな意味を持って私の日常に降りてきました。
一生に一度のウエディングドレスだ、
と思ってたら、
普段着だった、
って、そんなかんじ?
(ちょっとちがうか?)
なんでだろう、
春に心理学の講座を受けて、
亡くなった父と繋がった時から、
「祝福」という言葉がいつもいつも降りてきます。
どんな感情も良い悪いはない、とか
苦しみはチャンスだ、とか、
表裏とか、
今から思えば理解の範疇。まだまだジャッジしがちな思考くん。比較したり、分類したり、意味を与えたり。
それが「祝福」がだんだんカラダとココロに馴染んでくると、
色んなことを体験しに生まれてきたんだから、体験オールオッケーだから、
世界は1ファイルでいいんだ、と思えるようになりました。
それで私は、頭の中に1ファイルを作り、
「祝福ボックス」と名付けました。
怒りもムカつきも、ガッカリも喜びも、
祝福ボックスにぽいぽい入れます。今日の1日も仕事の疲れも、姉の病気もぽいぽい入れます。罪悪感も幸福感もぽいぽい入れて、
祝福と共に眠りにつきます。
ネガティブをポジティブに変えて入れるのではありません。
ただそのまんまを味わい入れます。
こんな毎日が続いています。㊗️